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「……ねぇ、どうしてもその子に会いたい?」
少しの沈黙からの問いに、陽平は眉をひそめた。
「……正直、どうしても会わなきゃならないかって聞かれたら、たぶん『そんな必要ない』って思っちまうンだろうな」
陽平自身、憧れや夢なんてものが現実になることが少ないなんて百も承知だ。
自分の思い描く世界が空想の中だってこともちゃんとわかっている。
それでも……
「それでも俺は、出会える運命ってやつに憧れずにはいられないんだ」
まるでその道を進むことが誇りであるかのように、胸が高鳴るのを止められない。
「……っ」
振り返ってそう告げる陽平から慌てて顔を背ける光海は、わざとらしくため息をついてみせた。
「ま、まぁ……ようするに、ヨーヘーはいつまでたっても忍者バカだってことよね」
「バカバカ言うなって。そんなこと言っちまえば、おめェのそいつだってバカで通じるぜ」
陽平が顎で指すのは、光海がずっと肩に担いでいる布袋に包まれた長物のことだ。
見る者が見れば、弓道の弓であるとすぐにわかるそれは、光海が幼少の頃からいつも持っていた物だ。歴史で言えば、陽平の忍者と大差はない。
「これは、そもそもうちが弓の道場があるからで……私にとってはあるのが当たり前なんだもん」
「いや。この島の家の大半が道場持ってるって。それでも光海みてぇに律儀に続いてるやつ、ほとんどいねぇから」
陽平の言葉に光海が言い淀む。
実際、時非島は、戦国時代に敗戦した侍たちの集まった島だとか嘘か本当かわからないことを言われているくらいに、道場の多い島だ。
とくにどの家も門下を開いているわけでもなく、なにかしら武道を嗜んでいるわけでもない。にも関わらず、なぜか家の敷地内に道場を持つ家が多い。
大人たちの話によれば、昔はどの家も素晴らしい武術を納めた者たちがいたらしいが、後継者がおらずそのままあるだけ道場に変わって行ったらしい。
「おめェもおめェで、変わり者ってこった────」
言い終わるよりも早く仰け反って、それを回避する。
いつものこととはいえ、風を切る音が聞こえていなければ串刺しにされていたに違いない。
「それ以上言ったら、怒るわよ?」
「目が、目が笑ってねェ! ってかもう怒ってンだろ!」
いつの間に弓に弦を貼ったのか、いつの間に矢を番えたのか、いつの間に狙いを定められたのか、まったく気づくことができなかった。
そして何事もなかったかのように弓を布袋に納めると、光海は陽平に向かってあっかんべーをして見せる。
「ふんだ。ヨーヘーなんて、忍者になってもさっさと死んじゃう下っ端とかがお似合いよ」
「ったく、好き勝手言いやがって」
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