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 広い空間だった。  異質なのは、趣味の悪いオブジェクトであるかのように天井から吊るされた数多の銀甲冑。  それも人間サイズではなく、どれも20メートル以上はあろうかという巨大サイズなのだ。  これらはすべて出来損ないであったり、失敗作であったりと、完成に至らなかった忍邪兵(しのびじゃへい)のパーツにすぎない。  いずれは完成した忍邪兵を至高の存在である主、王雅(おうが)に献上することこそがこの者、オウロボロスの願いだった。 「我が見誤るほどか忍巨兵(しのびきょへい)」  誰に向けたわけでもなく呟く。  実に興味深い兵器であったと先の戦いを思い返す。  あれが忍巨兵の性能なのか、それとも小僧の実力であったのか。どちらにせよオウロボロスが敗走させられたのは紛れもない事実。 「彼奴と再び相まみえるためには、我が鎧もまた改修を進めねばならぬか」 「それまでその忍巨兵とやらが無事に生き残ってたらいいんだがなぁ、鉄のォ」 「貴様は……双の武将、ソーマ」  入室を許可した覚えはなかったが、いつの間にか虎模様の毛皮を身に着けた大男がそこにいた。  表情こそへらへらとだらしがない印象だが、能ある鷹は爪を隠す。この大男も決して弱者ではない。 「それにしてもこっぴどくやられてたやん。よぉ生きとったなぁ、オウロボロス」 「双の武将、アムリタか」  蛇女という言い回しがしっくりとくるもう一人の武将。  ソーマとアムリタ。この二人が双の武将と呼ばれる所以は、異形と呼ぶに相応しいこの二人が双子の兄妹であった過去を持つからだ。 「オウロボロスのは、自分の魂を鎧に定着させることで、常に新しい体を用意できる……やったっけ?」  まさしくそれこそが、先の戦いで獣王クロスフウガに敗れたオウロボロスが未だ存命である理由だ。 「いかにも。そういう貴様らは、強い生命体を食らうことで糧とし、己が命に変えているからだったな」 「ぺらぺらぺらぺらヒトサマの秘密、気軽に口にしゃべんなよ」 「それは貴様らとて同じこと」 「あぁ! 強がんなよ鉄のぉ」 「今のアンタが忍巨兵に負けたせぇで、大元の根源たる生命が消耗しきってるんはわかってるで」  隠していたわけではないが、指摘されると同じ武将が相手であったとしてもいい気はしない。 「結局貴様らはここへなにをしにやって来た」  オウロボロスに言われ二人の表情が途端に柔らかくなる。いや、その顔の下にはニヤニヤと小馬鹿にしているかのような笑いを含んでいる。 「あかんあかん、忘れるとこやったわ」 「王雅(おうが)さまに出陣の許可を得たんでなぁ。お前のカタキを取ってきてやるよ」  この二人が相手では、例え忍巨兵であっても未熟な小僧ではひとたまりもないはず。  次という機会はもう来ないかもしれない。オウロボロスは我知らず拳を強く握りしめていた。  探究のため、そして自身の勝利のため、できれば忍巨兵には生き残って欲しいところだが。 「王雅様のご意思であれば、我に言うことはなにもない」 「悪く思わんといてな、オウロボロス」 「オラ! さっさと行くぞアムリタ。ご馳走が待ってるからな」  万が一、忍巨兵をこの二人が喰ったとしたら、それはオウロボロスの想像を絶する強さを身につけるのではないだろうか。  退室していく二人の背を見つめながら、オウロボロスはどこか不安を感じずにはいられなかった。  あの二人は不死の探究以上に、より強き者を喰らうことで自らを高めることこそが目的になっているような。そんな気がしてならなかった。 「あの二人、増長などせねばよいが」
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