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 今だ、と侑斗は心の中で叫んだ。先程まで、あんなにも自分を苛んでいた指先の震えが止まっている。迷うことなく、起爆装置のボタンを押していた。――それが、どれほどの数の人間の命を奪うか、理解していながら。  ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!  侑斗と莉菜が見つめる先で、大きな爆炎が上がった。奴らの組織、そのビル正面玄関前。警備兵達が集まっていたことを知っていての行動だった。連中の朝礼は、毎日この時間にビルの正面広場で行われる。一部の者を除いて全員が整列し、有難い元帥様方のスピーチを聞くというイベントがあるのだ。裏を返せば、その瞬間にテロを仕掛けることで、連中に効率よくダメージを与えることができるのである。  そして、元帥様がスピーチをしようとしたタイミングである、というのがミソなのだ。当然連中は、この国の実質的トップに君臨する元帥様が狙われたテロとばかり思って、その身辺を固めて警戒することになるだろう。――侑斗達の目的が、別のところにあるなど考えもせずに。 「……これで」  じっと、ボタンを握る手に汗が滲んだ。 「これで、俺も……晴れて人殺しのテロリストってわけだ」  既に犯罪者のレッテルは貼られていたけれど、それでも侑斗達が人を殺したことはない。二十五年間生きてきて、物を盗むことや不法侵入、傷害行為くらいはやったが――こうやって、明確に誰かを殺したのは初めてだ。それも、爆弾で大勢を同時に吹き飛ばすという――非道極まりないやり方で。 「俺、じゃないでしょ」  そんな侑斗の手に、そっと白い指が重ねられる。この運命に、共に立ち向かうと決めた相棒の莉菜だ。長い艶やかな黒髪、グラマラスな体型――大人っぽくていつも冷静な彼女は。意志の強い目で、まっすぐ侑斗を見つめてくる。 「“俺達”でしょ。間違えないで。この計画の詳しい作戦を言い出したのも、最終的にやると決めたのも私よ。ボタンを押さなかったから私の手が汚れなかったと思ってるならそれは大間違い。……言ったでしょ。貴方一人に背負わせるつもりなんかないって。気持ちは同じ。私だけが、貴方の本当の痛みを理解できる。どうか、それを忘れないで」 「莉菜……」 「それにね。……テロリスト、は今更じゃないの。こうなる前から私達はテロリスト扱いだったでしょ。だって“神様”がそう決めたんだもの。私達は、生まれてきてはいけない存在……生まれついての犯罪者でサイコパスなんだって」 「……そうだったな」  唇を噛み締め、侑斗は頷く。そうだ。自分達は――何の罪も犯す前から、誰のことも傷つける前から――犯罪者、のレッテルを貼られて生きてきた存在である。  自分も、莉菜も、ただ堂々と胸を張って太陽の下を歩いていたかっただけだというのに。今のこの世界は、そんな当たり前のことさえ許してはくれないのである。  いつからだろう、この日本が――こんなにも腐った国になってしまったのは。西暦2000年代までは、普通に国民の人権やらなんやらが保証された憲法だったと聞いている。多種多様な人々が存在し、多くの考えの人々と人種の人々が共存し幸せに暮らしていたというではないか。 ――そうだ。俺達に……“神様”は微笑まなかった。お前達なんか存在してはいけないと、そう指を差して裁こうとした。  侑斗は憎しみを込めて、煙を立ち上らせ大混乱に陥っているビルを見つめる。裏手を守っていた連中が走り去っていったらそれがチャンスだ。狙いが元帥だと考えれば、彼らは最優先で要人を守ろうとするはずなのだから。なんせこの国の軍は、政府とイコールである。元帥という存在は、神の声を聞くことのできる唯一無二の司祭でもある。信仰を守りたい軍の連中は、何がなんでも死守しようと躍起になるはずだった。  かつて、ほぼ無宗教だったはずのこの国を支配した――“アリデール神教”。奴らが海を渡って日本に来なければ、そして野望を抱いたりなどしなければ――侑斗も莉菜も、そして仲間たちも、どれほど幸せに暮らすことができていただろうか。  こんな風に爆弾で人を吹っ飛ばすことも、銃を握って戦うこともなく。
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