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 ***  モニタールームには二人の警備兵がいたが、どちらも椅子に寄りかかったまますっかりイビキを立てていた。床に転がっている酒瓶を見て、これはガスを流すまでもなくサボっていたかな、と侑斗は苦笑いする。  それほどまでに、この施設が襲撃を受けるなど想定されていなかったのだろう。生きた人質がいるでもなく、高価な宝や貴重な資料があるでもない――ただ、背教者の遺体を保管しているだけの場所。生きた人間が遺体を取り返すためだけにテロを起こすだなんて、彼らは全く考えもしていなかったに違いない。 ――たくさんの仲間の遺体が保管されてるのはわかってる。二人の遺体だけを取り戻すなんて、そんなのワガママでしかないってことも。  だからせめて。これ以上、彼らが辱められることのないように――二人の遺体以外には火を放って、総てその場で火葬しようと決めていた。もちろん、大きな火事になるのは明白なので自分達の逃走ルートもしっかりと決めておく必要があるが。 「侑斗、モニター映像は総て録画と差し替えたわ。これで当面大丈夫なはずよ」 「さすが、手際がいいな」  イビキを立てている警備兵二人には追加でガスを嗅がせた上、その両手両足をしっかりと縛り上げることにする。莉菜と二人、阿吽の呼吸で瞬く間に作業は終えた。合計して二分とかかってはいない。  自分達はそのままモニタールームを出ると、今度は防犯カメラを全く気にすることなく廊下へ飛び出した。地下へ行くには階段とエレベーターがあるが、万が一閉じ込められる危険を考えるなら多少鉢合わせの可能性があっても階段を使った方がいい。そして、人目につきやすい裏階段は使えない。行くなら屋内の階段を素早く駆け下りるのが最もリスクがないだろう。  階段を降りれば降りるほど、下の騒ぎの様子がよく聞こえてくる。本当に、施設の警備兵達の対応は後手後手に回っているらしい。怪我人が多すぎて対応しきれないのと、元帥の安全のため確認を念入りにやりすぎていることが最大の問題だろうか。――その元帥サマとやら、神の使いだから悪魔に殺されることなんか絶対ないんじゃなかったのかい、と侑斗は苦笑するしかない。自分は見えない神の加護に守られている不死身の巨人だなんだと謳っている元帥サマだというのに、実際は警備兵がアリの子一匹逃さないように見張っているというのだから矛盾している。  結局、人間は人間の枠から外れることなどできないのだ。当の元帥が、それを一番分かっているように思えるのだからなんとも皮肉な話である。 ――悪いな。……わかってるさ。兵隊達だって、洗脳された被害者が大半だってことくらいは。でも。  そろそろ、もう一発二発使っておくか。侑斗は二発分の爆弾の起爆スイッチを押した。正面玄関で轟音が響き渡った隙に、一気に階段を駆け下りて一階のフロアを抜ける。遺体が冷凍保存されているはずの部屋は、地下二階だ。 ――でも、あんた達に愛する人や家族がいるように。俺達にだって、いるんだ。  愛したことさえ罪だなんて、一体誰にそんなことが断ぜられるのだろうか。  世の倫理や常識はある。迷惑をかけていいなんて思っていない、でも。  自分達が欲しかったものは一つだ。――ただ、大切な人を、愛していると叫ぶ権利が欲しい。ただただ、それだけだったのである。
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