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 自分がボタンを一つ押すごとに、一体何人の人間が死んでいっているのだろうか。  いや、死んでいなかったとしてもだ。――手や足がちぎれ、あるいは深刻な傷を負って社会復帰が不可能になった者もきっとたくさんいるはず。それは、殺したことと一体何が違うというのか。肉体が生きていても、心が死ねばそれは“死”となんら変わることはない。――真島に言った通りだ。侑斗はそれを誰よりよくわかっていながら、今もこうして作戦のためだけにボタンを押し続けている。モニタールームの警備兵達だって、もしガスが効かなかったり作業中に目覚めたりしたら、迷わず自分達はその口を封じに行っていたはずだ。 『お前の力は、俺達全員の為に大いに役に立つ。教団も、レジスタンスに狙われていることは十二分にわかっているはずだ。その隙を突くのは容易なことじゃない。……そして、お前の“絶対に誰も殺さない”ポリシーが向こうにバレれば、それだけ不利になるのを忘れるな。それは即ち、人質が効かなくなるってことでもあるからな』  頭の中で、何度も何度も翔のあの言葉が木霊している。 『どんな誇りよりも大切なのは、お前が生き残ることだ。……お前の信念は素晴らしいものだと思う。けれど、お前が生き残る為の傷害にしかならないとなったらその時は、躊躇いなくそれを捨てることを選べ。何度でも言う。お前が生き残ることが一番肝心だ。お前の高い爆発物の知識と技術は、組織全体の宝になる。……もちろん、俺にとってもな』  生きる為なら、信念を捨てることも迷うなと言った彼の想定に――果たして今回の事態は含まれていただろうか。  既に死んだ人間のために命を無駄にするな、と説教を受けることはわかっている。だから自分は、そんな翔と瑞穂をあの世でまで悲しませないために――なんとしてでも生き残って、本部に戻らなければならないのだ。  命懸けの戦いではあるけれど、死ぬ為の戦いではない。  これはあくまで――自分と莉菜が、この地獄のような世界で生き残る為の作戦なのである。 「地下は、最初から警備兵が配備されてないみたいだな」  どこかひんやりとした空気が漂う、薄暗い廊下。カメラを封じたから、もう堂々と歩いていくのも問題はない。ただ、こちらがモニタールームを抑えたこと、こちらの目的にいつ政府軍が気づかないとも限らない。作戦を迅速に遂行しなければならないことに変わりはなかった。 「警備兵はいないかもしれないけれど、警備用ロボットが配置されている可能性はあるわ。最近は人件費削減のために、AI搭載の警備ロボを使っている施設も多いって聞いたことがあるから」 「かもな。配備されてるかどうか、事前調査じゃわからなかったんだよな……なんせ地下までは侵入できなかったもんだから」 「仕方ないわよ。むしろ、一階より上の構造が予めわかってただけで万々歳でしょ」  いざという時ほど、男より女の方が思い切りが良いと聞いたことがあるが、案外本当かもしれない。ロボと、念のため警備兵を警戒しつつも、莉菜は侑斗よりも率先して前を歩いていく。
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