終章

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終章

 「お治ちゃん、お代わりをお願い」  「俺も」  「あいも変わらずよく食うなあ」  双子の食べっぷりに苑介はいつものように呆れ返っている。  「朝こそ、しっかり食べるべきって聞いたよ。兄さんも、朝はちゃんと食べなよ。一日持たないぞ」  泰介はお治からどんぶりを受け取りながら言った。もちろん、どんぶりいっぱい、これでもかという程に白米がよそわれている。  「お前たちは朝だろうと昼だろうと夜だろうとちゃんと食ってるもんな!俺は普通だって」  己は普通だと言い、吉司や徳松に同意を求める苑介に貞介は首を傾げる。  「そうかなあ。だって、僕たち兄弟じゃない?僕たちが食べる分に比べれば圧倒的に少ないもの」  「兄弟だけで平均値を出そうとするな!お前たちと比べれば誰だって少食になるわ」  「そうかっかしないでよ。ほら、シシャモもう二尾食べな。おみっちゃんも、どんどんお食べ」  貞介はそう言って、苑介の皿にシシャモを二尾移し、むぐむぐとよく噛んでいる光太の頭をぽんとひと撫でした。光太は口に白米を詰め込んでいるために返事はできないが、一生懸命頷いた。  「それで、今日はどんな予定なんだ」  苑介は大人しくシシャモを食べ、光太の口元に白米がついているのを教えてやりながら泰介に問うた。  「今日はね、兄さんには島崎屋さんに顔を出しに行ってもらいたいんだ。小梅ちゃんのお宮参りに梅太郎さんが祝い着を仕立てるっていうから、その生地をいくつか見繕って持っていって欲しいんだ」  有紀はひと月前に玉のような女の子を産んだ。名前は小梅という。梅太郎に似て、柔和な顔立ちだ。敦賀屋兄弟も先日、島崎屋にお祝いに行って抱っこさせて貰ってきた。小さな温もりに、双子ははにかんだ。苑介はというと、双子を抱いて負ぶって世話したのは遥か昔だというのに、慣れた手つきで抱き上げ、小梅をあやしてくふっと笑わせたものだから双子はなんだか懐かしくも面映い気持ちになった。亮平は、姪っ子の誕生を有紀と梅太郎夫婦の次ぐらいに喜んでいて、よく歌を歌ってやっているという。 小梅はたっぷり愛されて、ゆくゆくは五條御幸町通りの小町となるだろう。  「お治ちゃんと吉司を連れていっておくれよ。徳さんも小梅ちゃんには会ったもの。お治ちゃんと吉司も小梅ちゃんをいっぺん拝んできなよ。可愛いから」  その言葉にお治は喜んだ。吉司はそう言うなら、となんだか微妙な顔だが幼きものに慣れていないだけだ。  「貞介は繕い物あったよね?それを済ますんだろう?」  「うん。そのつもり」  「俺は、午後から清水に行くから午前は奥にいるよ。徳さん、おみっちゃん、何かあったら呼んでおくれ」  「へえ」  「はい」  「じゃあ、それで。ごちそうさま!」  苑介とお治、吉司が島崎屋に出かけ、貞介が作業場で繕いものに取り掛かった五ツ半。  音もなく、影もなく敦賀屋の前になにかがやって来た。光太はそれに気づいて、徳松に知らせてから、店前で躊躇しているものにそっと声をかけた。  「なにか御用でしょうか?」  そのものは、光太の肩に止まっている人ならざるものにしか見えない山吹を見てちょっと微笑んだ。そのものは、髪を勝山に結った普通の女性に見える。  「ここは、敦賀屋さんでしょうか。その、普通の呉服ではないものを御頼みしたくてやって来たのですが」  その言葉に光太は微笑んで頷いた。  「はい。手前どもは人ならざる方々への商いも行う敦賀屋で御座います!」
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