第二章 幼き使い

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敦賀屋の奥座敷に通された子どもは行儀良くちょこんと座して奥庭を眺めている。 この奥座敷はかつていづが過ごした離れである。敦賀屋で一等涼しく静かなこの部屋でいづは苑介、貞介と泰介たち子どもと共に過ごしたのだ。いづが嫁した時に植えられた南天の木が美しい奥庭を眺めながら。 南天の木を雪女であるいづは大層好んだ。だからか気づけば奥庭の南天は常に美しき赤い実をつけるようになった。そしてその赤が雪のかんばせにひどく似合ういづを大層愛した仁之介はこの座敷を南天の間と名付けた。 元は離れであるこの南天の間の隣には貞介の作業部屋がある。奥庭を通れば蔵にも行ける。二つある蔵のうち、小さな方は苑介が集めてきたこの世ならざるものも多く保管されている。こうしたことから南天の間は人ならざるものからの依頼を受けるには具合が良かった。 「お待たせ致しました。手前が敦賀屋の主人、泰介と申します」 泰介はそう言って頭を下げた。そのさまはすっかり大店の主人である。 「とつぜん、押しかけましてしつれいしました。手前は、光太と申します」 子ども、光太の言葉はぎこちなくはあるがしっかりしている。しかも京言葉ではない。 「今日、おうかがいしたのは手前を置いてくださっているお方にたのまれたからなのです。手前は、手前は光の宮さまのおそばに置いていただいております」 「光の宮さま・・・」 泰介は光太の言葉を繰り返した。 「光の宮さまといってもたくさんいらっしゃるのだそうです。手前の宮さまは透子さまといいます。木漏れ日だとか、薄衣越しの透けた光だとかそういう淡い光の化身だそうです」 泰介はその光に覚えがあった。木漏れ日や薄衣越しの光もよくわかる。しかしそれ以上に覚えがあったのは奥庭に僅かに差し込む光だ。 「もしかしてあのような光でしょうか」 そう言って泰介は奥庭に目を向けた。光太は頷いた。 「はい。あれも透子さまです」 光太は安心したように笑った。 「手前は、本当のことを言うととっても緊張していました。でも、あの光を見てからいくぶん楽になりました」 「それはようございました。どうぞもっとお楽になさってください」 楽になったとは言うが気の毒に思えるほど光太は必死に見えた。 「手前は、手前は本当に大事なことを言いつかってきたのです」 光太は俯いてぎゅっと膝の上に置いた拳を握りしめた。泰介も思わず居住まいを正して問うた。 「それはどんなことでしょう。この敦賀屋で承れることでございましょうか」 「敦賀屋さんではなくてはならないのです」 光太は勢いよく顔を上げてそう言ったかと思うと、深々と頭を下げて頼んだ。 「透子さまの白無垢を仕立ていただきたいのです」
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