第一章 敦賀屋兄弟

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第一章 敦賀屋兄弟

 仁之介がこの世を去った年、政府は正装を洋服と定める法律を出した。洋服は非常に高価であるし、おいそれと手が出せる代物ではない。まだまだ人々は慣れ親しんだ着物に袖を通していた。呉服商が悲鳴をあげるのはまだ先、ではあった。しかし京の呉服商たちの御得意さまだった公家は、華族となり江戸東京に移り住んでいってしまった。そして華族ともなれば洋服だとて買えないことはなかった。 つまり京の呉服商たちはそれなりに厳しい局面に立っていたのだった。 そんな時分に当主を失った敦賀屋であったが、厳しい局面に立っていることなど噯にも出さなかった。確かに先代、仁之介の他界をきっかけにそれまでの奉公人に暇を出したり敦賀屋の人手は減らしたようだったが売り上げは上々どころか事業を広げたという噂まであった。 仁之介の跡を継いで八代目当主となったのは敦賀屋泰介(たいすけ)である。仁之介といづの三男。双子の片割れである。 次男の貞介(ていすけ)は商人というより職人気質で手先が器用なため敦賀屋で時折、刺繍などの依頼を請け負っている。 双子であるこの兄弟のかんばせはとても整っており、愛嬌があっていっそ可愛らしいとも言える。長兄と同じように子供の頃は振袖を着て店前で遊んでいたものだったが今のその可愛らしさは少女のような可愛らしさではなく男としてのものである。更には背は高く体つきもしっかりしている。そういうところも含めて大層女性に好まれる見目をしている。 本来は二十五の男盛り一歩手前なのだが、不思議なことにどことなくあどけなさを残す二十歳前の若者に見える。 長男の苑介(えんすけ)はというと仁之介の他界に伴い、敦賀から帰って来ていた。それまでも仁之介がいづを手引いて来た季節になると苑介は京に戻って母の代わりに年の離れた弟たちの面倒を見てやっていた。温かくなり始めるとまた敦賀へ戻るという行ったり来たりの生活をしていたのだった。それも弟たちが十五、六になるとやめていたので久方ぶりの京である。 相変わらず暑さには弱いままのようだが、そんなところも苑介はいづに生き写しの儚げな青年になった。そのかんばせは雪のように白く、つうっと切れ上がった目元は涼やかである。弟たちとは違って線も細く、今でも十分振袖が似合いそうであるが京と敦賀での往復で鍛えられた筋肉が程よくついている。苑介がふっと微笑めば女性は胸をときめかせる。そんな役者のようないい男、なのであった。 双子の十、離れた兄であるから苑介は今年で三十五である。三十五であるのだが弟たちと同様、これまた二十歳そこそこにしか見えないのである。あどけなさこそないが三十五には到底見えはしなかった。 そしていづである。 いづは今も実家のある敦賀の山奥で暮らしている。今も仁之介に手引かれていた時と同じ雪のように色の白い、儚げで何とも美しいままの姿で。 いづは敦賀の雪女であった。 敦賀屋の兄弟は人と人ならざる雪女の間に生まれた子たちということになる。そういう理由で、あまり歳を取らない。また、いづの血を色濃く受け継いだ苑介は寒さに強く暑さに弱いのである。
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