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第二章 幼き使い
敦賀屋兄弟が有紀から依頼を受けて幾許か経ち、早月も半ばになった。
「梅雨おしめり入りもそろそろどすやろか」
午前は晴れ間だったのが午後になって曇り始めた。お治は空を見上げて呟いた。
「そうやな。梅雨はまだええけど明けたら難儀な季節が来はる」
徳松は唸った。
「ああ。夏・・・」
夏は敦賀屋兄弟にとって辛い時期だ。苑介はもちろん堪えるのだが、貞介と泰介も人よりは暑さに弱い。主人に元気がないと徳松たち奉公人も元気がない。去年は仁之介が伏せっていたから元気がないどころではなかった。
「苑介はんは乗り越えられるんどすか」
「わからへん。今年の夏がどんなもんか・・・。過ごしやすいとええんやけど」
去年は冷夏であったので駆けつけた苑介も京で過ごせたがやはりいづは来れなかった。そして仁之介の体にはそれがまた良くなかった。
徳松とお治が未だ梅雨入りもしていないというのに、来たる夏に向けて沈んでいるといつの間にか店前に小さな影が落ちた。
「もし」
その幼い声に徳松とお治はおやっと顔を見合わせた。今でこそ公家や華族に反物を売ることは少ないとはいえ敦賀屋は丁稚を使いにやれるほど敷居は低くない。
徳松は出て行こうとするお治を制して表へ出た。
「いらっしゃいまし。御用どすか」
暖簾を向こうにいたのは頬っぺたがまんまるの可愛らしい子どもだった。年の頃は八つかそこらだ。
「ここは敦賀屋はんどっしゃろか」
不思議なことを尋ねるものだ、と徳松は思う。しかしその子ども自身は少しも物怖じしている様子はない。
「そうどすけど・・・。あんさん、どこの丁稚どすか」
訝しむ徳松に子どもは重ねて尋ねた。
「ここは人ならざるものへも商いを行ってくれはる敦賀屋はんどっしゃろか」
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