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逃げた先
カツカツカツカツカツカツッ!
背後からの足音が一向に離れない。やっぱり奈々子のようにスピード勝負に出るのは馬鹿だった。
もう、どれだけ走っただろう。もしかしたらまだ十秒も走ってないかもしれない。胸と腰が痛くて、喉も痛くて、時間の感覚が曖昧になっている。
それでも、何度も角を曲がって距離を取ろうとする。最初にあいつは手探りで角を曲がっていたから、僅かにでも速度は緩んでくれるかも――そんな期待は見当はずれではなかったようで、足の遅い私でも、未だに距離は保てていた。
しかし、それにも限界がある。
膝が鉛のように重くなってきた。地面を踏みしめる足裏が痛んできた。
足を止めて、そのまま寝転がってしまいたい欲求が膨れ上がる。
そのためには、撒かないと。なんとしてでもこの怪物を遠ざけないと。
カツカツカツカツ――
疲れで私の耳が遠くなったのか、実際に相手が離れているのか、音が少し小さくなった気がする。見失ってくれるか? このまま。
次の角だ。次の角まで、頑張ろう。そこまで頑張れ、私。そこまでいったら、休憩しよう――何度も自分を騙し続けたそんな文句で、必死に足を回す。
でも、音は確実に小さくなってる、気がする。
今度こそ、休憩できる気がする。
角を曲がったら、すぐにどこかの民家の敷地に転がり込んで、身を潜めよう――
と。
角を曲がろうとしたところで、つま先に何かが触れる。
確認する暇なんてなかったから、それは私に強く蹴り飛ばされて、塀にぶつかり、転がった。
あれは……ペットボトル?
なんでこんなところに?
今まで道の上には目立つ石ころひとつなかった。ああいったゴミの類は尚更だ。
奈々子がポイ捨てした? 他の誰かがいる? あの怪物のもの?
――いや、違う、違う!
あれは“私の”ペットボトルだ!。
この道を曲がってはいけない!
ここは――一番最初の場所、袋小路だ!
しかし、もう私の体は、私の言うことを聞いてくれなかった。
突然急ブレーキを掛けられた体は、一気に脚の力が抜けて、崩折れる。私は投げ出されるように路面を転がり、塀に肩からぶつかった。
呼吸が詰まる。しかし体は強く酸素を求める。胸の奥が引き裂かれてるかのように痛い。強い目眩。上と下がわからない。咳き込むと血の味がする。地面はどこだ? 手のひらで探る。これは塀か? 地面か? ああ、はやく、早く立ち上がらなくては。
なんとか、上と下はわかった。塀に手のひらを押し付けて、僅かな溝に指先を引っ掛けて身を起こす。前に、前に進まないと、前に――
ぞくり――
気がつけば、“あの空気”に包み込まれていた。
振り返る。
……そこに、怪物はいた。
もう、直視せざるを得ないほどに、近い。
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