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闇
無機質でざらついた灰色の体。岩肌のように硬質的に見えるのに、怪物の胴体の左右から伸びる合計の七本の腕は、ロープのように柔らかに揺れ、そして小刻みに狂おしく震えている。
その二メートル程の巨体の一番上には――恐らくは目と、口に相当するであろう器官があった。というのも、私には、それらが等しく真っ黒に塗り潰された穴にしか見えなかった。
怪物の七本の腕の内、左右の一本ずつが、私に近づいてくる。人間と同じく五本指ではあるものの、指は異様に長く、手のひら自体も私の胴体くらいの大きさがある。
にげなければ。
そう思うのに、体が動かない。
どうしようもない恐怖と、疲労で、動けない。
怪物は私が逃げられないことを理解しているのか、壊れ物でも扱うように左右から掴み、持ち上げる。痛みが生ずるほど強くは掴まれなかったが、固定された指は、微動だにしない。
怪物の顔が近づいてくる。
怪物が口に相当するであろう穴を、大きく開く。
それは、本当に大きく開いた。まるでゴム質であるかのように、大きく開く。私の体がまるごと収まってしまうほどに、大きく。真っ暗な世界が、孤独の闇が視界いっぱいに広がる。
――否、孤独ではなかった。
闇の奥――本当にうっすら、ぼんやりと、いくつもの顔が浮かび上がる。それらの多くは、小学生程度の子供のように見えた。苦悶に歪み、泣き叫ぶ子供の顔が浮かんでは、曲がり、薄れて、消えて、また現れる。
魂というものが存在するなら、まさに、あれがそうなのではないだろうか。
「……こいつが、食べてた……?」
私のつぶやきを肯定するかのように、怪物は私の体を、その闇の中へと押し込んでいく――
ああ……くそう、どうなっちゃうのかな、私、死ぬのかな?
植物状態の子供たちみたいになるのかな? たぶん、それはすごく苦しいのだろう。闇の中の子供たちの顔を見れば、そうわかる。
なんて死に方だろう。
人間いつか死ぬっていっても、よりにもよって奈々子に巻き込まれて、奈々子を助けるために死ぬなんて、馬鹿なんじゃないか。ダーウィン賞ものじゃないか。
奈々子め、くそ、奈々子の癖に、奈々子……。
やだな。
奈々子の顔しか浮かばない。奈々子の髪の感触とか、いつもベタベタつけてる香水のニオイとか、背中をぶっ叩かれた時の痛みとか、私を引きずる手の感触とか――
奈々子にお姫様抱っこされた、さっきの感じとか――そんなんばっかり浮かんでくる。
死んだ両親とか、妹とかじゃなくて、よりにもよって奈々子か。
……本当に、ムカつく。最後まで振り回しやがって。
そして……
べきり。
ごきん。
痛みはなく、しかしその音は、確かに私の鼓膜を震わせた。
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