帰還

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帰還

 気がつくと、私はアスファルトの路面に頬を擦りつけるよう、うつ伏せになっていた。  ハッと、身を起こす。怪物はどうなった? どうして意識に空白があるんだ? 奈々子は!?  ――風の感触が、私の髪を撫でる。  草葉の擦れ合う音に、地面のニオイ。  眼の前に広がるのは、瑞々しい緑色を広げる林。  ここは……最初の撮影現場だ。  戻ってこられたのか? 怪物が死んだから?  それでも万が一を考えて、慎重に周囲を見渡しながら立ち上がる。  ……手首に重みを感じた。  私のカバンの手提げ部分が引っ掛けられていた。あの時、怪物に投げつけたはずのカバンだ。  ファスナーを開いて中身を確かめるが、もともと入ってあったものがきっちりと詰まっている。一度大きくバラ撒いたとは思えないほど整然としていて、“そんなことなどなかった”かのようだった。  全て、夢だったのだろうか?  あの石像が安置されてある台座の様子も見てみた。  台座は確かに残っていたが、そこにはもう何も――いや、よく見れば細かい砂の塊が乗っている。  砂に触れようと手を伸ばすも、その前に、風が全てをさらっていってしまった。  ……何も残ってない。  あの路地迷宮での出来事を証明するものが、何もない。私の記憶にしかないことならば、あれが夢でなかったと、私自身にすら確信することができない。  そこで突然、視界が真っ暗に―― 「くどい、奈々子」 「だーれ……ありゃ」  奈々子の腕を払い退けて、振り返る。  そこにはいつもどおりの、それでいて拗ねたように口を尖らせる奈々子の顔があった。 「いいじゃーん、様式美じゃーん、私はミズキちゃんに触っていたいんですー」 「キモいこと言うなよ」 「キモいってなによう! 私はこんなにもミズキちゃんを求めているというのに! それはもうおはようからお休みまでミズキちゃんのことを考えてるというのに!」 「はいはい……」  殴ったりつっこんだりする気分じゃなかった。  そんなことよりも、 「奈々子、怪物のこと覚えてる?」  あの場にいた――いたはずの、もうひとりへと、確かめずにはいられなかった。  すると奈々子は、何故か私に背を向ける。 「さー、なんのことー? そんなことよりジョイフル行こうよ、ジョイフル。かき氷たべたーい」  声は普段の調子だが、どんな顔をしているかわからない。  奈々子は大きな欠伸をしながら、先に進んでいく。  ファミレスに急いでいるというよりも――この話を早く終わらせたい、そんな感じがする。  しかし私は、どうしても聞かねばならないことがあった。
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