選択

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 私達は間違いなく、現実に戻ってきていた。  永く続いていた一本道など存在せず、少し歩いたところで見知った歩道橋が見え、行き交う車の音が聞こえてくる。  今はその歩道橋の上。  歩道橋は改装工事中らしく、たった今上がってきた方の階段は綺麗に整っていたが、向こう側の階段は酷く痛んでぼろぼろな状態だった。  奈々子の後ろについて歩きながら、私はずっとタイミングを図っていたが……ここで、切り出した。 「奈々子、お前さ」 「うーん?」 「私が嫌いなの?」  奈々子の足が止まる。危うく背中にぶつかりそうになった。 「なんでそう思うの?」  振り返ってこないまま、奈々子は答えた。  珍しく真面目な反応に、うろたえるのは私の方だ。「そんなわけないじゃーん。何いってんの?」くらいの軽い返事があると思っていた。――いや、期待していた。  私は唾液で喉を濡らし、口を開く。 「私に怪物をけしかけたのってさ、怪物が私達に害意があるかを確かめる為だったんだろ。そりゃ、必要なことだったのかもしれないけど……」  奈々子は何も答えない。表情もわからない。  あの時はよく考える余裕なんてなかったが――今は違う。奈々子の態度に、明確な苛立ちが突き上がってきた。 「なんとか言えよ! 下手すりゃ死んでたかもしれないんだぞ、私は! そんなことお前だって分かってただろ!」  一度声を張り上げると、あとは、濁流のように感情が溢れ出してくる。苛立ちが、怒りが。 「お前のこと、ほんっとわかんないんだよ! 今までは多少ぶっ飛んだやつで済ませてたけど、正直――」  恐かった――  ――いや、いや違う。そうじゃない。それだけじゃない。  確かに恐かった。奈々子の非情な部分を目の当たりにした時は恐怖した。  でも、それ以上に。  「――悲しかったんだ」  私は試金石にされた――実際のところ、“それ自体は別に良い”と、納得している自分がいる。  あれはきっと必要なことだった。  ただ――ちゃんと、説明して欲しかった。  その上で言ってくれれば、私はたぶん、ちゃんと手を貸してやった。  私は、信用してもらってなかった。  信用してもらってなかった上で、死ぬかもしれない目に遭わされた。  それはもう、“いてもいなくても変わらない”と言ってるようなものじゃないか。  奈々子にとって、私はその程度だった。  それが、悲しくてたまらなかった。  友達だと思っていたのは、私だけだったのか?  なんだよ、それ……。  視界が滲む。  あの怪物に追われていたときでさえ、泣きはしなかったのに。  家に帰れないかも知れないと思ったときでさえ、涙は出なかったのに。  終わったあとだから言えることかも知れないが――あれらよりも遥かに、胸が痛くて、辛くて、息苦しくなる。  奈々子にいつも振り回されて、巻き込まれて、辛い目に遭わされて……でも本当は嬉しかったんだ、私は。  奈々子に信頼してもらっている。数多くいるクラスメイトの中から、私のことは特に大切にしてくれてる、なんて思って、本当に嬉しかった。  だから私も、奈々子の期待に応えようとした。嬉しかったから。そして――見捨てられたくなかったから。  なのにさ、なのに……! 「好きだよ」  一瞬、誰の声かわからなかった。   「多分、一番好き」  奈々子はいつの間にか私を振り返って、静かに微笑んでいた。  どこか痛々しい、無理に笑ってるような……初めて見る顔だった。 「でも私って、こういう奴なの。だから……ごめんね。本当にごめんなさい」  それだけ言うと、奈々子は先に進んで行く。  もう二度と振り返ることはなく、歩いて去っていく。  歩道橋は、階段がふたつある。  前方にある階段と、後方にある階段。  ボロボロに傷んで踏みしめるのも恐い階段と、改装されて綺麗に整えられた階段。  奈々子のいる階段と、奈々子のいない階段。  私が、選んだのは―― 《終》
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