1人が本棚に入れています
本棚に追加
選択
私達は間違いなく、現実に戻ってきていた。
永く続いていた一本道など存在せず、少し歩いたところで見知った歩道橋が見え、行き交う車の音が聞こえてくる。
今はその歩道橋の上。
歩道橋は改装工事中らしく、たった今上がってきた方の階段は綺麗に整っていたが、向こう側の階段は酷く痛んでぼろぼろな状態だった。
奈々子の後ろについて歩きながら、私はずっとタイミングを図っていたが……ここで、切り出した。
「奈々子、お前さ」
「うーん?」
「私が嫌いなの?」
奈々子の足が止まる。危うく背中にぶつかりそうになった。
「なんでそう思うの?」
振り返ってこないまま、奈々子は答えた。
珍しく真面目な反応に、うろたえるのは私の方だ。「そんなわけないじゃーん。何いってんの?」くらいの軽い返事があると思っていた。――いや、期待していた。
私は唾液で喉を濡らし、口を開く。
「私に怪物をけしかけたのってさ、怪物が私達に害意があるかを確かめる為だったんだろ。そりゃ、必要なことだったのかもしれないけど……」
奈々子は何も答えない。表情もわからない。
あの時はよく考える余裕なんてなかったが――今は違う。奈々子の態度に、明確な苛立ちが突き上がってきた。
「なんとか言えよ! 下手すりゃ死んでたかもしれないんだぞ、私は! そんなことお前だって分かってただろ!」
一度声を張り上げると、あとは、濁流のように感情が溢れ出してくる。苛立ちが、怒りが。
「お前のこと、ほんっとわかんないんだよ! 今までは多少ぶっ飛んだやつで済ませてたけど、正直――」
恐かった――
――いや、いや違う。そうじゃない。それだけじゃない。
確かに恐かった。奈々子の非情な部分を目の当たりにした時は恐怖した。
でも、それ以上に。
「――悲しかったんだ」
私は試金石にされた――実際のところ、“それ自体は別に良い”と、納得している自分がいる。
あれはきっと必要なことだった。
ただ――ちゃんと、説明して欲しかった。
その上で言ってくれれば、私はたぶん、ちゃんと手を貸してやった。
私は、信用してもらってなかった。
信用してもらってなかった上で、死ぬかもしれない目に遭わされた。
それはもう、“いてもいなくても変わらない”と言ってるようなものじゃないか。
奈々子にとって、私はその程度だった。
それが、悲しくてたまらなかった。
友達だと思っていたのは、私だけだったのか?
なんだよ、それ……。
視界が滲む。
あの怪物に追われていたときでさえ、泣きはしなかったのに。
家に帰れないかも知れないと思ったときでさえ、涙は出なかったのに。
終わったあとだから言えることかも知れないが――あれらよりも遥かに、胸が痛くて、辛くて、息苦しくなる。
奈々子にいつも振り回されて、巻き込まれて、辛い目に遭わされて……でも本当は嬉しかったんだ、私は。
奈々子に信頼してもらっている。数多くいるクラスメイトの中から、私のことは特に大切にしてくれてる、なんて思って、本当に嬉しかった。
だから私も、奈々子の期待に応えようとした。嬉しかったから。そして――見捨てられたくなかったから。
なのにさ、なのに……!
「好きだよ」
一瞬、誰の声かわからなかった。
「多分、一番好き」
奈々子はいつの間にか私を振り返って、静かに微笑んでいた。
どこか痛々しい、無理に笑ってるような……初めて見る顔だった。
「でも私って、こういう奴なの。だから……ごめんね。本当にごめんなさい」
それだけ言うと、奈々子は先に進んで行く。
もう二度と振り返ることはなく、歩いて去っていく。
歩道橋は、階段がふたつある。
前方にある階段と、後方にある階段。
ボロボロに傷んで踏みしめるのも恐い階段と、改装されて綺麗に整えられた階段。
奈々子のいる階段と、奈々子のいない階段。
私が、選んだのは――
《終》
最初のコメントを投稿しよう!