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荷物持ちじゃんけん
「ミズキちゃーん、飽きたー、あつーい」
出た、始まったよ。
奈々子は路肩に座り込み、溝に足をブラブラさせて、大あくびだ。
「もうさー、やっぱこの企画やめにして帰らないー? ジョイフルでパフェ食べたーい、かき氷たべたーい」
さっき述べたタイトル、実際の所はすべて適当である。
真相なんて知ってるわけはないし、悲しき過去の悲劇があったかも知らない。というか“悲しい”と“悲劇”って被ってんじゃん。奈々子が『こうすることに意味があるんだよ!』とかで譲らなかったからこのままにしたけど、絶対意味なんてない。
いつも見切り発車なのだ、奈々子は。
それっぽい心霊スポットに出向いて撮影こそするが、結局なんの成果も得られず、奈々子が飽きて、企画が立ち消え、どっか遊びに行って帰る。このパターンばかりだ。もはやYoutuberごっこしてるだけだ。
なので『怪奇現象研究会』なんて名前はついてるが、実際に投稿できてるのは自己紹介動画と、あとは需要がよくわからない『ランチタイムシリーズ』と『今日のミズキちゃんシリーズ』である。しかも自己紹介動画以外はチャンネル登録者限定。その登録者も大半は身内だろう。
だからどうせ、今回も企画倒れだろうなぁ、とは思っていた。
ついてきてる私も私なんだが。
「友達付き合い考えるべきかなぁ、私も」
「おろ、ミズキちゃん友達のことで悩んでんのー? 親友の私が相談に乗ってあげよっか? どーんと任せなさいな」
「親友付き合い考えるべきかなぁ、私も」
「え、なんで言い直したの!? それってもしかして私のことなの!? ミズキちゃんも私のこと親友って思ってくれてるんだ! ひゃっほう!」
「うっざ」
「やーん、ツンデレ? ツンデレなの? ツン? じゃあ次はデレが来るの?」
鬱陶しいことこの上ない。何を言ってもポジティブに捉えるとか思考回路どうなってんだろう。
「んで奈々子、ジョイフル行くんでしょ。さっさと立つ! 立て!」
「いぇっさーサブリーダー! 尻への熱い蹴りありがとうございます! ナナコ二等兵、ジョイフルへと進軍いたします!」
「なにそれ、敬礼までキメててキモい」
「深夜やってた映画の真似ー。よーし、じゃあジャンケン!」
「は? なんで」
「荷物持ちジャンケンの火蓋が切って落とされるぅ! はい、出さないと負けよっと!」
小学生か……。
相手にしない方が賢明だったのだろうけど、既に奈々子はやる気満々だ。ここで有耶無耶にしたらゴネにゴネて面倒なことになる。拗ねた時の奈々子はアスファルトにこびりついたガムよりも剥ぎ取りにくい。
「はいはい……。じゃんけん――」
「ぽん! はい、私の勝ちー!」
……。
こいつ普通に後出ししやがった。
「いや、今の無しだ、無し!」
「後出ししたら負けなんて言ってませーん。ふひひひひ」
こ、この女……!
そして当然のようにカバンを投げ渡してきやがった――重! 何入ってんだこれ!
「ミズキちゃんファイト! できるできる! ミズキちゃんならできる! 頑張れ頑張れ持ち上げて! ああ! 落としちゃダメだよ? 落としちゃダメよ? いい? 絶対落としちゃダメだからね?」
「うっさい! うざい!」
「おおっと怒られた! これは荷物を用いたフルスイングの予感がしますぞ。ナナコ二等兵、退避させて頂きます!」
「あ、こら! っつーか足速!」
奈々子は帰宅部のくせに、高校陸上の日本記録タイの速度で走ることができる。しかもそれで『全然本気じゃないしぃ』とか、汗ひとつかかずにのたまうのだ。お陰で陸上部の生徒や顧問から睨まれている。何故か私も。
ただ、今のジャンケンを見ての通り、フェアプレイ精神は皆無である。なのでスポーツ選手には絶対なれないだろう。
――一方私自身は、完全にインドア人間だ。体力も運動神経もゼロである。なのに重い荷物を持たされちゃ、バテるに決まってる。
日曜の貴重な時間を無意味に使っただけだし、暑いし、疲れたし、バテるし、もう今日は散々だ。休日に制服まで着て何やってんだろ私。
というかそもそも、なんであいつの友達なんてやってるんだろう私。
別に奈々子のことが特別好きだというわけじゃない。
なのに、私の時間は大抵奈々子の為に割いている。
他に誰も友だちがいないとか――そういうわけでは決して、ない、と、思う。たぶん。あれ、あいつら友達だよね……?
まあ、要するに。いつもいつも奈々子のせいで無駄に時間を浪費している。
「くっそ、もう、やってられないし……!」
苛立ちが募って、思わず、足元の石を蹴り飛ばしていた。
かつん。
――ゴトン。
重々しい音に、振り返る。
石は何かにぶつかったようで、そしてその“何か”が溝の中に落ちたようだった。
水の干上がった溝の底。明らかに存在の浮いている、奇怪な形をした岩が転がっている。
なんだか無性に気になった。路面に伏せて腕を伸ばし、手にとる。
私の手のひらよりも大きい岩ではあったが、思っていたよりも軽く、丸みのある形で表面もざらりとしているため掴みやすい。
それは――敢えて何かに例えるのなら、ハニワだ。少なくとも何らかの生物を象ったもののように見える。
円錐状の形をしているが、先端は丸みを帯びている。そしてその丸みを帯びた部分は細かく文様が彫り込まれていて――まるで、顔のようにみえた。眼と口に当たる部分に同じサイズの穴が三つあいているので、かなり不気味な顔ではあるが。
先端を顔だと仮定した場合、お腹や背中に当たる部分は特になんの代わり映えもしない岩肌だ。
ただ、左右の側面、小さな突起が4つずつ突き出ている。これは腕か? これが象った生物は蜘蛛のように俯せで動くのなら、脚かもしれない。
趣味の悪い岩の像。
しかし、この石像を見ていると、その言葉だけでは片付けられない不快感が体の裡から込み上げてくる。酷く胸焼けがして、一刻も早く手放したいという気持ちと、雑に扱ってはいけないという漠然とした焦りに寒気がする。全身の毛穴がぱっくりと開いたような悪寒だ。
暑さとは違う脂汗が頬を伝うのを感じながら、視線を巡らせる。“これを置くべき場所がある”と、漠然とそう思って――見つけた。
溝の向こう側、背の高い雑草が生い茂っている場所に隠れるよう、欠けて傷んだ岩の台座が置かれている。四隅に細い木材が柱のように立てられ、それに連ねるように小さな注連縄で囲われていたが、かなり劣化して、一部千切れている。
なんだろう、これは。神社に関係があるものだろうか。或いは――“魂食いの道”の噂に関係がある? 少なくとも、無意味な遊びで作るには手が掛かり過ぎているし、作られてから相当な年月が経っているように見える。
ああ、でも――違和感が強くなる。己の心臓の音が大きくなる。
台座や注連縄はこのように経年の劣化を受けているのに、私の手の中にあるコレは、いやに形が整っている。ついさっき、誰かが彫って作ったと言われても納得がいくレベルだ。
丁重に扱わなければならない。穢したり壊してはならない。
そんな確信めいた衝動を覚えるからこそ……ああ、くそ――
“やらかした”。
この、背中に当たる部分。
微かに傷がついている。少しだけ、欠けている。
これは、私が蹴った小石によるものか? それとも、もともとこうなのか?
少なくとも、これ以上傷をつけてはならない。
そっと、台座の上に戻す。
意味があるかは分からないが、両手をあわせ、「ごめんなさい」と心の中で――
突如、視界が真っ暗に塗り潰される。
「だーれだ!」
耳元で叫ばれ、心臓が止まるかと思った。
私は絶叫し、膝から崩折れて、尻もちをつく。
すると、視界がもとに戻る。
そんな私を、いつの間にやら戻ってきていた奈々子が首を傾げて見下ろしていた。
「何ぼーっとしてたの。立ちション? 女子がそれは正直引くんですけどー」
「んな、ん、ん、ンなことするか! ばーか! ばあああか!!」
びっくりしすぎて舌が回らない。もう、最悪だ。
「でもなんか臭うよ、漏らした?」
「はぁ!? そんなわけ――」
い、いや、確かにちょっと臭い。しかも小じゃなくて大の方のニオイ。
え、うそ、この歳になって……? 石ころひとつにそんなに……?
私は思わず自分のスカートの内側を確認――しようとすると、奈々子が突然けらけら笑い始める。
「うっそーん★ 冗談よ冗談!」
「でも」
「ニオイの正体は私が踏みつけた犬の糞――」
「こっちに突き出してくんな! さっさと落としてこいよ!」
すぐさま立ち上がって、奈々子の頭をしばいた。
こいつはいつもいつも馬鹿な子供みたいなことを――
……しかし、そのお陰で、得体の知れない不快感はだいぶ楽になった気がする。そういう点では、感謝してやってもいいかもしれない。
「ねえミズキちゃん、なんでずっと私の肩掴んでんの?」
「えっ。あ、いや、別に」
「どしたのどしたのー? なにか恐いことあったのー? いいよいいよ、ほら、たーっぷり甘やかしてあげるからお痛い!? 痛い!」
その肩の肉を強く抓って、手を離す。
ともかく、こんな場所からはさっさと離れたい。
奈々子の荷物を本人に押し付け、私はさっさとジョイフルに向かって歩き出した。
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