路地迷宮

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路地迷宮

 どこにでもありそうな路地ではあるものの、やはり、ここは普通じゃない。  まず、どこまで行っても路地しかない。  少し歩き回ってみたが、同じジオラマをコピペしたような、似た景色ばかりが続いている。  暗いのでそう見えてるだけかもしれないが、まるで路地の形をした迷宮だ。  普段見る電信柱には住所が書いてあることがあり、実際、ここで見かける電信柱にもそれらしきモノが書かれていた。しかしその文字はヤスリで強く擦ったかのように掻き消され、読み取ることができない。ひとつだけではなく、見かけるすべてがそうだった。  次に、空の色。  はじめは、夜になっただけだと思った。いやもちろんこれもおかしいのだが。  ただ……よく見てみると、この空には月がなく、星もなく、そしてまったく動いていないことに気づいてしまった。  雲に覆われた夜空だと思っていたものは、ただ、黒のまだら模様で塗り潰されていた“空に似た何か”に過ぎなかった。  ならば何故、薄っすらとでも周囲が見えているのか。光源は、何もないはずなのに。  最後に――これが一番恐ろしいことだが、私以外、誰もいない、という可能性。  耳を澄ませてはみるが、他の誰かの声も、車の音も、生活音も聞こえない。  何度か民家の敷地に入って、玄関扉をノックしてみたり、窓から中の様子を覗こうとしてみた。しかしノックには反応なく、窓の向こうは暗闇が広がっているだけだ。  そもそも、奈々子は本当にここにいるのだろうか?  実は溝に落っこちて気絶していたとかで、こんな不思議現象には巻き込まれていないのではないだろうか。  私はまだ、この路地に足を踏み入れてから試していないことがひとつある。  大声で奈々子を呼んでみること、だ。  こんなに静まり返ってるのだ。もし奈々子がいれば気づいてくれるだろう。  しかし――逆に何故、奈々子の声が聞こえないのか、という疑問もある。十秒黙るだけでも死にそうな顔をするやかましい女なのに。  本当に奈々子がいない、という可能性はある。  ただ、或いは――“大声を出してはいけない何か”がある、ということではないのか、という考えもあった。  魂食いの道、という話を思えば尚更だ。  ……それでも、もう。私の精神的な部分が、限界に近かった。  確かめずにはいられない、という気持ち。なんでも良いから応答が欲しい、という焦り。  “くらくて、なにもない、なにもおこらない、でもどうしようもない”という状況が、私の精神を蝕んでくる。  大変遺憾ではあるが、“この場に奈々子がいれば”と思ってしまう。  あいつがいれば、どんな状況でも馬鹿やってるだろうから、かなり気は紛れてくれるだろう。  そんな確信があるからこそ――今の、“奈々子がいない”という状況が更に堪えてくる。  心臓が痛くて、痛くて、たまらない。  だから、もう。 「奈々子ー!! お願い返事して! いるんだろ! ――頼むから!!」  思いっきり、叫んだ。  静まり返っていた夜の世界に、私の声が響いて、そして消えていく。  ……。  ……。  ……だめか?   そう、思ったが。  かつん、かつん。  聞こえてくる。硬い靴で地面を踏みしめるような音が、近づいてくる。
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