1人が本棚に入れています
本棚に追加
路地迷宮
どこにでもありそうな路地ではあるものの、やはり、ここは普通じゃない。
まず、どこまで行っても路地しかない。
少し歩き回ってみたが、同じジオラマをコピペしたような、似た景色ばかりが続いている。
暗いのでそう見えてるだけかもしれないが、まるで路地の形をした迷宮だ。
普段見る電信柱には住所が書いてあることがあり、実際、ここで見かける電信柱にもそれらしきモノが書かれていた。しかしその文字はヤスリで強く擦ったかのように掻き消され、読み取ることができない。ひとつだけではなく、見かけるすべてがそうだった。
次に、空の色。
はじめは、夜になっただけだと思った。いやもちろんこれもおかしいのだが。
ただ……よく見てみると、この空には月がなく、星もなく、そしてまったく動いていないことに気づいてしまった。
雲に覆われた夜空だと思っていたものは、ただ、黒のまだら模様で塗り潰されていた“空に似た何か”に過ぎなかった。
ならば何故、薄っすらとでも周囲が見えているのか。光源は、何もないはずなのに。
最後に――これが一番恐ろしいことだが、私以外、誰もいない、という可能性。
耳を澄ませてはみるが、他の誰かの声も、車の音も、生活音も聞こえない。
何度か民家の敷地に入って、玄関扉をノックしてみたり、窓から中の様子を覗こうとしてみた。しかしノックには反応なく、窓の向こうは暗闇が広がっているだけだ。
そもそも、奈々子は本当にここにいるのだろうか?
実は溝に落っこちて気絶していたとかで、こんな不思議現象には巻き込まれていないのではないだろうか。
私はまだ、この路地に足を踏み入れてから試していないことがひとつある。
大声で奈々子を呼んでみること、だ。
こんなに静まり返ってるのだ。もし奈々子がいれば気づいてくれるだろう。
しかし――逆に何故、奈々子の声が聞こえないのか、という疑問もある。十秒黙るだけでも死にそうな顔をするやかましい女なのに。
本当に奈々子がいない、という可能性はある。
ただ、或いは――“大声を出してはいけない何か”がある、ということではないのか、という考えもあった。
魂食いの道、という話を思えば尚更だ。
……それでも、もう。私の精神的な部分が、限界に近かった。
確かめずにはいられない、という気持ち。なんでも良いから応答が欲しい、という焦り。
“くらくて、なにもない、なにもおこらない、でもどうしようもない”という状況が、私の精神を蝕んでくる。
大変遺憾ではあるが、“この場に奈々子がいれば”と思ってしまう。
あいつがいれば、どんな状況でも馬鹿やってるだろうから、かなり気は紛れてくれるだろう。
そんな確信があるからこそ――今の、“奈々子がいない”という状況が更に堪えてくる。
心臓が痛くて、痛くて、たまらない。
だから、もう。
「奈々子ー!! お願い返事して! いるんだろ! ――頼むから!!」
思いっきり、叫んだ。
静まり返っていた夜の世界に、私の声が響いて、そして消えていく。
……。
……。
……だめか?
そう、思ったが。
かつん、かつん。
聞こえてくる。硬い靴で地面を踏みしめるような音が、近づいてくる。
最初のコメントを投稿しよう!