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意図
「というかさー、ひどいよねーミズキちゃんってさー。あーんな大声で情熱的に私のこと呼んどいてさー。いざ颯爽と駆けつけてあげたら殴る蹴るの暴行とかありえなくないー? その辺いかがお考えですかー、ミズキちゃぁん? ほらほらぁ、もっと言うことあるんじゃなーいー? 誠意を見せないとぉ、誠意ぃ~」
うっざい。
クソうざい。
民家の敷地の中。そこの中庭にて。
奈々子は私の周囲をぐーるぐーるぐーるぐーる周りながら、サラウンド的にねちねちと言葉を浴びせてくる。
しかし我慢だ私。呼んだのは事実だし、助けてもらったのも確かだし、これ以降も“あれ”に追われたら奈々子の助けなしじゃどうにもならないだろうし、耐えるのだ私。
「本当に、ゴメンナサイ」
「え~? きこえなーい」
「申し訳なく、思ってます……!」
「もっと可愛らしく!」
「え。えっと、ご、ゴメンね? えへへ」
「ドラえもんの“しょうがないなぁ”的に」
「ぐっ……ご、ごめんよぉ、奈々子くぅん」
「もっとけものフレンズっぽく!」
「け、けも? なにそれ、知らない」
「ええー! ミズキちゃんはそんなことも知らないフレンズなんだね! すごーい! ――ぷっ、あっははははは!
うっぜえ。
私はひたすら俯いて、両手の拳を強く握りしめ、行き場のない苛立ちを押し殺していた。
奈々子は何がツボにハマったのかわからないが、草地の上を転がりまわって笑っている。一応声は抑えている、つもり、かな? これは。
しかしこの苛立ちも、また奈々子に対して腹を立てられるのも、無事に合流できたからこそだ。
その点は、本当に心からうれしく思っている。
――それと同時に、本当に申し訳なく思っている。さっきの暴行のこと以前の、根本的な部分で。
「……ごめん、奈々子。たぶん私のせいだ、この状況」
「ふへ? そなの?」
奈々子は草地で仰向けになったまま、ぴたりと笑うのをやめる。きょとんする大型犬みたいな、奈々子にしては珍しい愛嬌のある顔だったが……今はそれを直視できない。
「私らが撮影していた道の傍にさ、なんかすっごい意味ありげな石像が安置されてたんだよ」
「ふんふん」
「……私、その石像に思いっきり石を蹴り込んじゃってさ。しかもちょっと傷つけたみたいで。一応すぐに元あった場所に戻したんだけど――思い当たる節がそれしかない」
「ふーん」
「ふーんて。結構真面目に話してるんだけど」
いくら奈々子だって、今の状況が普通でないことは理解してるはずだ。……しているよな? していてくれ、ほんと。
しかし奈々子が私を責める様子はない。いじってくる様子もない。
奈々子は静かに立ち上がると、私の肩を叩いた。
「きっとミズキちゃんのせいじゃないよ」
「え?」
「だっていっつも何かしら面倒事起こすのってさ、私のほうじゃん? そしてミズキちゃんはそれに巻き込まれて、一緒に火消しをしてくれる。だから今回もそうじゃないかな」
「いや、でも――」
「そもそもさー、今回のことだってイミフじゃん。なにこの固有結界。もうなんか真っ当に順序立てて考える方が馬鹿みたいでしょ? だから結局なんでこうなったか、とか答え合わせできないしー」
ぐい、と。奈々子の腕が私の首の後ろに回されて、抱き寄せられる。
奈々子の体と密着する。体温が伝わってくる。――この非常識な世界の中で唯一、私の知ってる、現実のもの。
そして奈々子は、にっこりと、私に笑いかけた。
「だからさ、仮にミズキちゃんが原因だったとしても、今回も私のせいってことにしとこーよ。いつもどおりにね。そしていつもどおりに片付けちゃお」
「……奈々子」
……私は奈々子のことを誤解してたかもしれない。
理解不能で予測不能で意味不明な行動ばっかりする変人くらいにしか思っていなかったが――いやそれはそれで正しいか。
ただその上で、友人の心を気遣うことの出来る、心優しいやつだったと……改めて知らされた。
こいつの非生産的な趣味に付き合ったり、友達でいることに疑問を覚えたことも多かったが――うん、これからは、こいつの友達ってことだけは、誇りを持って良さそうだ。
「ありがとう、奈々子」
「気にしなくていいの。あ、でもそこまで感謝してくれてるんなら、明日の昼ごはん奢ってくれると嬉しいにゃぁ?」
「まぁ、それくらいならオッケーよ。でも1000円以内な」
「ひゃっほーう! ミズキちゃんは最高だぜい」
「――とはいえ、その昼ごはんにありつくためには、ここから逃げ出さなきゃいけないんだけど……」
事態は何一つ進展していない。
この路地迷宮からの出口は見つからないし、あの怪物の正体も目的もわからない。
……唯一の手がかりは、あの石像だ。
奈々子はフォローしてくれたが、あの石像が無関係だとは思えない。
「ただ問題は、あの石像の安置されてある場所に戻れないってことなんだよな……」
「石像? ここにあるよ」
「そっか、オッケー。じゃあとりあえず――ん?」
ここにある?
いや、私は確かに石の台座に戻したはずだが。
私の困惑を尻目に、奈々子は自分のカバンの中からビニール袋を取り出した。
そのビニールから出てきたのは、新聞紙に包まれた物体。
そして更にその新聞紙を剥がしてみると――
「……奈々子くん、なんで石像がここにあるのかな」
「そりゃ私が拾ったからに決まってるじゃない?」
「……奈々子くん、この石像、私が最後に見た時より更にダメージひどくなってる気がするんだけど、気のせいかな? 突起一本折れてるし」
「いやぁ、たぶん気のせいじゃないと思うよー。カバンを振り回した時にちょっと」
「……奈々子くん、この石像臭いんだけど。なにこの、こびりついてるの」
「あの時さ、犬の糞を踏んじゃってたでしょ? どうにかこそぎ落としたいなぁって時にコレが目につい――たあああああ!? 痛い! 痛い! 腕が、腕がキマって……あ、あ、あ、折れる、折れるううう!」
私の肩に回されていた腕をすかさず捻り上げ、奈々子の大馬鹿野郎を草地に押し倒した。おかしい方向に曲げられた腕が悲鳴を上げてるけど知ったこっちゃない。
「何が“仮にミズキちゃんが原因だったとしても”だ! どの口が言ってんだてめぇ! どう見たってお前のやらかしの罪のが重いだろうが!」
「で、で、でもちゃんと洗って返そうとは思ってたんだよほんとに! ほんとだって! だからもうその腕はゆる、ゆるぢて!」
「そういう問題じゃねえよ! 馬鹿だろお前、知ってたけど! っつーかそうだよ! お前犬の糞踏んでたんだよ! その靴私のカバンの中にあるよくっそ! くっそぉ!!」
「犬の糞だけに?」
「お前の顔面にこの靴の足裏擦り付けてやろうか」
「ミズキちゃんがそういう方向性で興奮するような性的おもむきなら吝かではな――嘘嘘嘘嘘! じょーく! いっつジョーク!」
「というかこれ多分今回も私巻き添え食らったパターンじゃん! 私勝手に踏み込んでいって馬鹿みてるだけじゃん!」
奈々子に対して感心した自分は全面的に撤回する。
ただ、石像が手元にあるのならば、何とかできるかもしれない。
「ねえミズキちゃん」
「なん――」
奈々子に呼ばれて、振り返る。
そこに……怪物の姿があった。
肌が総毛立つ。体が固まる。
突然だった。何の予兆もなかった。足音もしなかった。え? なんで? どうして? 奈々子はどうなった? 私はどうなる? 襲われる? 殺され――
……。
……。
いや、それはよく見たら怪物じゃなかった。
これは影だ。民家の白い壁に映された影。もちろん襲いかかってきたりはしない。
とりあえず私は、石像と懐中電灯で影絵を作っていた奈々子の顔面を殴った。
「いたーい!?」
「こういう時にやめろよホント!」
「だってミズキちゃんが意地悪するもん! 痛かったもん! 大事なことだもん!」
本当に、もう、こいつは……。
何を考えているのか、何がしたいのか、ほんっとわからない。
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