5人が本棚に入れています
本棚に追加
カウンターのずっと後方、奥の壁側にある一角で一組の男女が食事をしている。
若者は顔を戻した。
「いいのかい?」
ほとんど唇を動かさずに呟く。
「ああ、俺の手に負える相手じゃねえようだ。…女の方がな。他も全滅だ」
若者は、カウンター周りにちらほらいる同業者たちの冴えない顔つきに、さっと視線を走らせた。
「そのようだ」
給仕が手元に置いた酒を飲もうと、グラスを口に運ぶ。
その腕を、いきなり袖ごと後ろから引っ張られた。中身が生き物のように飛び跳ねて、上着に大きな染みを作る。
「てめぇ――」
「フィ、フィオッ! フィオラン! き、きみ、また人を騙して……」
ぎょっと振り向いた若者は、袖を引っ張った相手の口を塞ぎ、なかば引き摺って外へと強引に連れ出した。
頭ひとつ分低い痩せた青年は口も鼻も塞がれ、瀕死の態でジタバタともがく。外の階段下まで引きずり下ろされ、やっと解放された。
青年はぜいぜいと肩で息を継いだ。
「ぼ、僕を殺す気かい?」
「生っちろいこと言いやがって。これくらいで死ぬかよ」
「わざと鼻まで塞いだだろう。本当にきみは酷い人間だ」
「あんな所でおまえが人聞きの悪いこと言うからだろうが」
フィオランと呼ばれた若者はうんざり気味に吐き捨てた。
(相変わらず、こいつは空気を読まねえ)
最初のコメントを投稿しよう!