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「いいか、この街にベヒルという名の人間がどれほどいると思ってやがる。
『稲妻』だぜ。『大蛇』だぜ。この地方では、親が息子に万感の思いを込めてつける名前第一位だ。その名に恥じぬ、実に荒れ狂った男なんだろうよ、そいつは。誰もおまえが当人だとは思わねえから安心しな」
そう面倒くさそうに言いながら、耳の穴に突っ込んいた小指をベヒルという青年に向けて、ふうっと息を吹きかける。
小指の先についていたカスが、ひらひらとベヒルの鼻先で舞った。
「き、きみ…いつか神罰が下るよ…」
「そうかい、そりゃ大変だ。さあ、もう行きな。坊さんがこんな所にいつまでもいるもんじゃねえ」
どこまでも軽くいなして、てんで真面目に取り合おうとしない。
ベヒルはこの幼馴染みに対しての怒りとストレスでまた胃がキリキリと痛み出した。唇が震える。
「僕は、僕はきみに別れを言いに戻ってきたのに…。きみは酷い人間だけど、それでも少年時代を一緒に過ごしてきた仲だから、最後にきちんと話をしたかった」
背を向けかけたフィオランは、ちらりとこの聖職者の道に進んだ幼馴染みを見やった。
「別れ?」
「今日、僕はこの街を出発する。夕べ、布教先から帰り着いた後、司教様から辞令を頂いたんだ。僕はラダーン王国の司祭になるんだ」
ベヒルの落ちくぼんだ目が挑むように見上げてきた。じっと返る言葉を待っている。
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