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僕はあと1日で諦める
リア充という存在を妬ましく思ったこともある。彼女という存在が欲しくないわけでもない。
自虐ネタで使っていた「彼女いない歴=年齢」も、とうとう笑えなくなってきた。あと一歩で40歳だ。急かしていた両親も、もう諦め顔。信頼したい両親まで諦めていたら、こっちまで陰気臭くなってしまうじゃあないか。
顔は悪くない…と思う。まあでも、決して良くはない。収入は…この年齢の平均。いや、若干低いか。だけど、生活するには困らないぞ。当然の如く素人童貞で、経験は1度だけ。ナツミちゃん、可愛かったなぁ。でもなんとなく惨めだからもう行かない…と思う。
大学生の頃から一人暮らしだ。料理には多少自信がある。だけど、可愛い彼女の手作り料理とか憧れるじゃないか。…と、思いながら、今日も晩飯を作る。5月5日。端午の節句。…いや、そこじゃない。GW最終日の前日なのだ。
今年は大型連休だった。多少休日出勤があったもの、10連休といっても差し支えないようなGWだった。野郎どもで一度飲みにいったけど、それ以外はダラダラ過ごした。暇であれば暇であるほど気になってしまうんだよなぁ。
SNSだ。頻繁に投稿していたわけでも、チェックしていたわけでもない。だけど、気になる女性がいるんだ。
自分の趣味について、何気なく投稿した日。実はアメコミヒーローが大好きで、フィギュアもたくさん持っている。普段は写真投稿なんてしないのだけれど、なぜかあの日、ちょっとだけ自慢したくなったんだ。そんなにフォロワーがいるわけでもないし、アメコミで繋がっている人もいないけれど。
フィギュアを並べた棚を写し、「#アメコミヒーロー」とタグだけつけて投稿した。分かる人には分かる。それで良い。
そうしたら、意外にも反応があったのだ。1人の女性。今まで繋がっていたわけではない。突然コメントがついたんだ。
–すごいですね!私も密かに集めているんです。クレアちゃんのコラボフィギュア、探してるんですけどなかなかなくて…。あまり高価だと夫に怒られますし。
そんなコメントから始まった。ちょっとマニアックな女性といった印象だったが、思った以上にコアなファンだ。彼女のフィギュアコレクションは壮観だった…。いやいや充分旦那さんに怒られる量&質だろ!とツッコミを入れながら。
それからSNSが面白くなった。趣味が合う人って、ネットだと見つけやすいんだなぁと感心した。非リアの僕にとって、パラダイスじゃあないか。非リアかそうでないかも関係ない世界だし…。
なんて思っていたけど、どうやらそこまで甘くないらしい。流し読みしていたSNSをしっかり読んでみると、結構な割合で非リアかそうでないかを気にしている人がいる。自虐的に使っている人もいるし、そういった人間を蔑んでいる人もいる。容易にパラダイスとは呼べない場所だ。
次第に、彼女が特別なんだと感じてきた。彼女は相手が非リアかどうかを気にしない。純粋にアメコミヒーローが好きな女性だ。同じものを好きな僕は、彼女にとって仲間なのだろう。親しげに話しかけてくれる彼女に好感を持った。というか、リアルでこんなに親しくなった女性はいない。
アメコミヒーローは僕と彼女を繋げてくれたネタだけど、僕にとって今や彼女と話すための媒介となっている。彼女はそれ以外の話を僕にあまりしない。パート先の愚痴投稿があったので、きっと専業主婦ではない。投稿時間がまちまちなところから、パート先はシフト制だろうか。子どもに関する話題は出ないし、生活リズムから察するに、子どもはいないのだろう。朝9時過ぎから投稿が始まることが多いので、恐らく旦那さんの弁当を作っている…とか。
17時以降になると、極端に投稿数が少なくなる。深夜帯に少しだけ投稿がある。なにもないときもある。そんなときは、旦那さんとお楽しみなのか…と想像する。
土日も比較的投稿が少ない。旦那さんは土日休みなのだろう。彼女もパートの休みを合わせているのか。もしかしたら新婚なのかもしれない。
僕とコンタクトを取るのは、平日の昼間が主だ。仕事しながらSNSを覗いているから、そのときに。彼女は家でお休み中なのかもしれない。
…なんて妄想が膨らむけれど、それを悟られたらきっと気味が悪いと思われるだろうなぁ。僕は表面上で知っていることしか話さない。
彼女は自分の話をあまりしないけれど、とても優しいのが伝わってくる。僕が仕事でヘコんだという投稿をしたとき、慰めてくれた。言いにくかったら、とDMもくれた。彼女が既婚者でなければ、デートを申し込んだかもしれない。いや、実際はそんな勇気出ないだろうけど…。
とか言いながら、彼女の妄想は膨らんでいった。で、土日になると軽く落ち込む。今は旦那さんとの時間を楽しんでいるんだ、と。そして今年は大型連休が長い。長すぎる。10連休、彼女は何をして楽しむんだろう。旦那さんと2人で海外旅行?近場のイベントに?それとも家でまったりと?見ず知らずの旦那さんに嫉妬心が沸く。これらは全て、僕が彼女と一緒にやってみたいことだ。
GW、きっと投稿頻度は減ると思っていたよ。覚悟はしていた。だけど、やっぱりヘコむ…。GW2日目が終わったときに決意した。このGWが終わったら、彼女への恋慕は潔く捨てよう。そもそも、会ったことのない女性、しかも配偶者がいる女性に恋することがおかしいんだ。
そして5月5日。明日でGWは終わる。彼女の投稿は、1日3回ほど。「おはよう」「おやすみ」そして他愛ない呟き。「今日は気合い入れて料理!」…旦那さん、その料理ちょうだい。「クタクタに疲れちゃった」…旦那さんとどこ行ったの?何したの?「洗濯日和だなぁ」…そちらは晴天なのですね。お散歩日和でもありますよ。そして、「今日から旅行してきます!」という投稿で完全に心が折れそうになった。どこ行くの!?…その日から投稿は途絶えた。海外旅行だろうか。はたまた秘境の温泉巡りとか?
……。
「実は夫と上手くいっていなくて。気晴らしに友人と旅行してきたの」「夫とは別居状態で。癒やしをくれる男性がいればなぁ」「既婚なんて嘘なんだよね」。
そういったどんでん返しを期待してみたものの、そんなに上手い具合に行くわけがない。分かってるよ。分かってるんだ。
あと1日で、僕はきちんと彼女を諦める。会ったこともない彼女だけど、顔も知らない彼女だけど、なぜこんなに惹かれるのだろう。こんなに魅力的な女性が、実は結婚していないなんてあり得ない。あり得ないし、そういう嘘をつく女性だったらきっと惹かれていない。
「彼女いない歴=年齢」も笑えなくなってきたけれど、僕の今の状況は本気で笑えない気がする。もっと現実的な恋をしろよ。
分かってるよ。分かってるんだ。だけど…あと1日、少し、ほんの少しだけ、何かを期待してしまっている僕がいるんだよなぁ。何を期待しているのかは考えたくもないけれど。
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