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三徹編
多分きっと三徹目の夜で、自分自身少しおかしくなってたんだとその後も思ってる。
そうじゃなければきっとこんな判断はしなかったのかもしれない。
◆
「坂巻さん?」
「んー?」
すでに思考なんてものは昨日の夜に置いてきてしまった頭でぼんやりと返事をする。
別に仕事って訳じゃないんだし薄い本が本当に薄くなってしまっても構わないはずなのに、三日も碌すっぽ寝ることもなくただひたすら原稿をしている。
もはや自分でもその辺すらもよく分かってない。
思い返すとすごく楽しいと思うのに、大体書いている最中はなにがなんだかわからなくなってしまっていた。
安田はもはやうちの住人みたいに、俺の部屋で好き勝手過ごして、勝手に家事をやってスマホで漫画を読んで過ごしている。
それがなんかもう、普通のことになってしまっていることに気が付いてはいるが、口に出すのはなんか違う気がして何もできていない。
もう、ここまででいいかという部分まで作業が終わって大きく息を吐く。
「終わりましたか?」
いつの間にかこちらをのぞき込んでいた安田にそういわれて頷いた。
至近距離でPCの画面の覗かれて気恥しい。
「海苔無しの原稿なら別ファイルにあるぞ。」
エロ修正をしていないファイルは残してあるのでそう言うと「じゃあそれは後で見ます。」と安田は答えた。
「それより、風呂はりますか?それとも一旦寝ますか?」
冷たいスポドリを渡されながら言われる。
「とにかく今は寝たい。寝かせてくれ。」
別に安田への希望を言ったんじゃなくて思っていることがただ独り言の様に漏れただけだった。
それが少し頼むみたいな言い方になってしまっただけだ。
「じゃあ、寝かしつけてあげましょうか?」
安田が言ったことが冗談だってことはいくらコミュ障の自分でも普段だったらちゃんとわかる。
それなのに三徹の頭はもうほとんど働くことをやめてしまっていて「おー、じゃあ、添い寝してもらうか。」と返してしまった。
自分が何を言ったかに気が付いたのは、黙りこくった安田が俺を見下ろしているギラギラした目と視線があった時だった。
「坂巻さん、俺がアンタのこと好きだって知っててわざとやってますか?」
絞りだす様に言った言葉にガツンと殴られたような衝撃を受ける。
言い訳みたいだけど、そんなつもりじゃなかった。
なんか今さっきは、ただそんな気分になって思った通りのことを言ってしまっただけだった。
「わざとじゃない。」
「じゃあ、なんなんですか。」
ため息交じりに言われて、疲れ切った思考の所為で短絡的な答えが口からついて出る。
「じゃあ、恋人だったらいいんだな。」
酷く挑発的な、安田をバカにしてる様なことを言ってしまったことに言葉が音になってから気が付くがもうどうしようもない。
これはさすがに誰でも怒ると思って固まると、予想に反して安田はニヤリと笑う。
「いいですよ。坂巻さんが恋人になってくれるならそれで。」
今の無しと言えない雰囲気で安田は言う。
怒鳴られると思って身構えていた俺は「じゃあ、添い寝してあげますから。」という安田にギクリともう一度固まる。
「俺なんかされる訳?エロ同人みたいに。」
「まさか。坂巻さん横になった瞬間寝ちゃうでしょう。どう考えても。
今日はしませんよ。」
安田はいかにもイケメンという顔でにっこりと笑う。
今日はという言葉の意味ももうよく理解できていない俺は、とりあえず惰眠をむさぼれる事実に安堵した。
翌日自分のしでかした事実に気が付いて、慌てふためくという事実は、知りたくない。
了
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