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坂巻さんの固いしゃべり方に、ああ、と諦める様な気持ちになる。
「はい。……はい。分かりました。なるべく早く出る様にします。」
坂巻さんはそういうと電話を切る。
「トラブルだってさ。」
多分すぐ、お前のケイタイにも電話があるぞ。
そう言うと、先ほどまでの余韻でまだ目が潤んでいるのに立ち上がる。
よろりと足がもつれていたけれど、それでも「先シャワーつかうからな。」と言っただけだった。
少し舌打ちをしたい気持ちになる。
それでも、と思い、坂巻さんの手を取る。
目に入った手の甲と手首の境目に吸い付く。
自分のスマホが着信で、ブーブーとなっているのは分かった。
けれど坂巻さんは「おい」というだけで手を振り払いはしなかった。
唇を離すとそこには赤いキスマークが浮かんでいた。
坂巻さんが何かを言おうとしているのを遮る様に会社からの電話に出る。
彼は自分の手首を食い入る様に見つめた後、少しだけ笑顔を浮かべた気がした。
「はい安田です。」
坂巻さんと同じ内容の通話に答えながら、来週こそは二人きりで朝までゆっくりと過ごそうと心に決めた。
◆
会社は深夜だというのに灯りが煌々とついている。
完全に帰りはタクシーだ。
もうこの際、終わったら近所のホテルに泊まってもいいかもしれない。
「おお、悪いなこんな夜遅く。
あれ?もしかしてお前ら一緒だったのか?」
珍しい組み合わせだなあ、と会社の先輩が言う。
俺が時々誘う時以外、坂巻さんとは昼休みでさえも一緒にいない。
坂巻さんもそれは全く気にしていない様で、逆にあんまり会社で話しかけるなと言われた事さえある。
だから、一緒に飯でも食ってたのか?位の気持ちで先輩は聞いたのだろう。
だから、露骨にぎくしゃくとしてしまう恋人の反応は酷くそそるものがある。
「へっ、あ……。」
別に相手だって意味があって聞いてはいないのに、坂巻さんは律儀に反応してしまっている。
別に会社での雑談はコミュニケーションを取るためであって、それほど相手に興味があって言ってはいないのだ。
それに、多分そういう意味と繋げて考える人間はそういないだろう。
「そこで、一緒になったので。」
俺が言うと「あ、ああ。」と坂巻さんが相槌を打つ。
普段の週末の予定の同人誌即売会の話だって、曖昧にぼかしているのにこんな時に限って挙動不審になるのは坂巻さんらしい。
俺が坂巻さんの方を見てニコリと笑うと坂巻さんは少しだけ顔を赤くした後、視線をそらした。
「週末だってのに悪いな。予定あっただろ?
恋人とか。」
会社の先輩が俺に聞く。
「恋人への埋め合わせは、また今度するので。
……それよりも、トラブルの詳細は?
何とかなりそうなら、早く片付けて週末を楽しんだ方がいいですよ。」
俺が言うと先輩は「そうだな」と言った後、状況の説明を始めた。
横で坂巻さんが、こちらを睨んでくるけれどかわいいだけだ。
仕事にとりかかっている坂巻さんを見ると、手首の赤い印が目に入る。
隠すということすら頭に無いのだろう。先ほどまでの余韻の様に残るそれを見て、二人だけの秘密に思わず笑みを浮かべた。
了
お題:R18、安田さん視点、会社での二人と家での二人
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