1.2

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塚田の容体が悪化したある日、翔は塚田に呼ばれた。 「翔、頼みがあるんだ。辰巳はああ見えて意地っ張りで寂しがり屋だ。俺の代わりに辰巳の面倒を見てやってくれないかな。お前、生まれ変わったら警察官になりたいっていっただろう?」 翔はいつになく真剣な塚田の雰囲気に困惑しながらもこくり、と頷いた。 「なれよ。警察官に。いま、この人生で実現しろ。それで、みなとみらい署に行け。俺が紹介状を書いてやる。それでな、辰巳にこれを叩き返してくれるか?あの野郎俺がモテなくて可哀想だからって恋愛成就のお守りなんか寄越しやがった。俺はモテモテだから必要ねえんだよ」 笑いながらそういうと、塚田は引き出しから紙を取り出してペンで何かを書いてからお守りと一緒に翔の手に握らせた。 紙は名刺だった。 みなとみらい署の住所と塚田の名前が印刷されている。 裏面には塚田の直筆で辰巳輝の名前と『約束守れよ』と一言だけ書いてあった。 約束ってなんだろう。翔がきょとんとしていると塚田は笑って翔の頭をくしゃりと撫でてくれた。 「辰巳が見りゃ分かるから大丈夫だよ。あいつと俺の約束なんだ」 うん、分かった。と翔は答えたが、一体なにを分かっていたのだろうか。あの時の翔は何も分かってはいなかった。 塚田があんなにすぐに亡くなってしまうなんて思ってもいなかった。 塚田がどれだけ自分を心配してくれていたのかなんて、これっぽっちも考えていなかったのだ。 「翔、あいつの事頼んだぜ」 塚田が翔の肩に手を置いて言った。 大きな手はがしり、と翔の肩を掴んで離さない。 翔はいまでもこの時の塚田の力強い手の感触を忘れる事が出来ないままだ。 塚田は程なくして亡くなり、辰巳と会う事もなくなってしまった。 翔はこれまでに幾度となく人の死を間近に感じて行きてきた。 その度に感じるのは、虚無感と孤独。 そして次は自分の番だという恐怖と諦め。 いつしか翔は、自分の生を諦めて死ぬ日を待つだけになっていた。 でも、塚田の死後、翔は変わった。 自分ではっきりと実感出来るほど生への憧れが自分の身体を熱くしている。粟立つ細胞の一つ一つを意識して、今日も生きていると分かるのが嬉しかった。 塚田から預かった御守りと名刺を握りしめて、病気を治して警察官になりたいと打ち明けた時、両親は泣いて喜んでくれた。 生きる力を得た翔が退院したのは一年後の事だった。 そこからの翔は我ながら良く頑張ったなと思うくらいに頑張った。 勉強も頑張って良い大学を卒業した。 警察官になるための体力をつけるために毎日ランニングをして、その当時流行りかけていたパルクールで体幹を鍛えた。 低身長でも犯人と対峙できるよう格闘技だって習った。 これだけ頑張ったのも全部、憧れの辰巳に会うためだ。会って塚田との約束を果たすため。 だから辰巳のバディとして隣にいられる今の状況が、翔は嬉しくて嬉しくて叫び出したいくらいなのだ。
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