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遠慮がちで、(成人男性をこんな表現で紹介するのもなんだけど)動作がおどおどとしていて小動物じみている。学生時代にどこぞのコンペで優勝した期待の新人らしいが、慎重派なのかすぐ何かと私に確認してきて正直煩わしい。質問頻度が高すぎるのだ。いや、もちろんいい加減な仕事をされたら困るから、いくらでも聞いてもらって良いのだけれど。その度に女子の視線が私に突き刺さる。勘弁して欲しい。
「伊沢君、気にすることないんだって」
いや、気にしろよ。
「そうそう、机の上ろくに片付けない亀谷さんがおかしいんだって」
そんな暇ありませんからっ。
「納期が押してて、イラついてるのは分かるけどさ、亀谷さんってキツイから」
ごめんねっ。あんたよりは仕事できるんで。
「かわいそう、伊沢君」
あーかわいそう、かわいそう。
背中越しにヒソヒソと交わされる会話にイラつきながら(聞こえてるんだけどっ)つい、心の中で合いの手を入れてしまう。
こういう時……あら、伊沢君気にしなくて良いのよー。掃除してくれてありがとー。とか言った方が正解なのか。ニコニコと後輩のドジを笑って済ませれば良いわけ?
ごめん、私にはそれ無理。
だって、仕事でしょ。
……って思うのはいけない? そもそも私我ながら対人関係のスキルゼロかも……と思うほど素っ気ない、事務的、愛想なしな人間だから。だって仕方ない。入社以来、いや学生時代からこれで通して来た。
あ……私、亀谷静香三十歳。この建築会社で設計部第一設計課の主任をしている。
「ちょっと、仕事止まってるんだけど」
伊沢君に、砂糖に群がるありみたいに集まっていた連中に向かってひやりと一言言ったら、おお怖って言いながらバラバラと散らばって行った。なにそれ、どこが怖いわけ? 鬼の形相してたわけじゃないのに。
カリカリとした気持ちを落ち着けようと一旦トイレに立つ。洗面台に手をつき覗き込んだ鏡には、ファンデーションでも隠しきれない目の下の隈にカサついた頬、冴えない三十女が映っていた。
鏡の中の自分を見返すと、思わずため息が漏れた。
私、無表情で通してるけど、決してロボットじゃない。
日々繰り返される嫌味や当てこすりに心がすり減らないほど強くもない。
ただ、自分の弱さに蓋をしてやり過ごしているだけ。
部下たちに多少疎まれたからってその度に嘆いていたら仕事はできない。そんなことでへたれてミスでも打てば、こちらの評価が下がる。クビを切られでもしたら……考えたくない。恋人のいない私にはもちろんその先の結婚に逃れるすべもない。仕事にしがみつくしかないのだ。
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