137人が本棚に入れています
本棚に追加
そう、私はただ仕事にしがみついて、現実で溺れまいと、水中で足をばたつかせているみにくいアヒルなのだ。童話のアヒルは美しい白鳥になったけれど、私が白鳥に変身する日はやってこない。それが現実ってやつだ。
背中越しに出ていった女性社員の後ろ姿をつい目で追った。体にピタリと張り付くニットにひらひらと金魚の尾鰭のように華やかなシフォンのスカート。すれ違う瞬間、鏡ごしに送られた視線に少々傷ついた。女って生まれつきそういう生き物なんだろうか? いつも周りの同性と比較して自分の価値を値踏みしている。鏡越しの視線が言っていた。私の方が上ねって。
鼻白んだ私は鏡の中の自分を改めてチェックした。お決まりの淡いグレーのパンツスーツ。肩口までの髪はツヤがなく私を女だと判別するための装置にすぎない。ファッションセンスでもあればもう少し女らしくなれるのだろうか、と思ってから天井に目を向けて大きくため息。
無理、無理。基本、会社で設計図や申請書類とのにらめっこの毎日だから、普段服装なんて気にもかけてないもの……。では、会社にこもりっきりか、というとそうでもない。クライアントの打ち合わせもあれば、建設現場に足を運ぶこともよくあるから。だからまあ、服装は動きやすさ重視で、パンツスタイルが多い。スカートはもう何年も履いてない。
いつまでもトイレで油を売っているわけにもいかず私は渋々席に戻った。何食わぬ顔をしてパソコンに向かう。
「高橋さん、港湾の現場だそうです」
戻ってきた私に向かって伊沢さんが報告してくる。新設の駅周辺の複合商業施設の案件だ。工事が始まっても、私たちの仕事は終わらない。細かな設計変更やいろいろな確認作業のためしばしば現場に呼び出される。私は了解と伊沢君に短く応じた。
そういえば現場といえば、最初の頃はお嬢ちゃん呼ばわりされてよくからかわれた。現場の親父どものえげつないセクハラ発言にも、鉄面皮で応じてはや八年。からかわれることなんて皆無になった。ついでに私にちょっかいを出そうという男性社員も社内に皆無になった。
それで良いのだ。別に女を武器に仕事してるわけじゃないし、営業職ではないので不必要に愛想を振りまかなくてはやってられないわけでもない。それでも女である以上愛想は必須でしょという人間がいることは確かで。というか大多数で。男女問わずそういう、いわゆる『普通』の方々からは私は非常にウケが悪い。と、いうか嫌われている。なんなんだろ……私はただ仕事しているだけなのに。人間って面倒だ。
ついでに女の私が同僚の男性社員を差し置いて主任になった時には、部下になった男性社員の扱いがこれまた非常に面倒だった。同僚の頃はそれなりにうまくやっていたのに、意図せず仕事上でライバルになり、私が主任になったときには、彼の態度はすっかり変化してしまっていた。悪い方に。
最初のコメントを投稿しよう!