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男って、女より嫉妬深い生き物だとその時初めて知った。最初の頃は打ち合わせの時間をわざと教えられなかったり、違う現場を教えられたり(教えたと思ったらそうくるか!)、裏で陰口叩かれたり。結局彼は、私に女のくせに生意気だと捨て台詞を残して退社して行った。風の噂ではデザイン系の個人事務所に転職したと聞いたけれど、その後は知らない。うちの業界は広いようでいて狭い世界だから、そのうち会うかもしれない。彼との再会なんて、あまり嬉しくない未来予想だ。だからその可能性については考えないことにしている。
とにかく仕事をこなして、人の何倍も仕事して。そうして今の私が出来上がっている。
話を戻そう。えーと、なんだっけ。
綺麗に拭かれた私のデスク。少しだけ残ったコーヒーの香り。思い出した。
後輩のドジを笑って済ませられるか、だった。
できない。笑って済ます? どうかしてるでしょ。もう少しで私のパソコンお釈迦になるところだったんだよ。データのバックアップは取っているけど、だからって作業中にパソコンお釈迦にされたらそこで作業止まる。止まるよね。え? パソコンなんていくらでもあるだろって? 冗談言わないでよ。使い勝手というものがあるでしょ。
仕事は毎日押してるし、ほんと毎日ハムスターになった気分で追いまくられてるから。ほら、あの、ネズミが中に入ってカラカラ回すやつ。なんていうの。回し車? あの気分だから、ホント。
しかも四月から指導することになった後輩(伊沢君のことだ)は口下手なのか、未だに(もう何ヶ月経ってるんだか……)仕事の話か天気の話しかしたことがない。
あー、私相手じゃ話しづらい? そりゃ悪かったね。
とにかくまあ、そういうわけで、私としては心を広く持てなくても、そりゃもう仕方ないでしょって感じなわけで。
……色々愚痴っても仕方ないや、仕事しよ。
半眼になり、今日何回目かのため息をついて思考を切り替えると、私は再度パソコンの画面とにらめっこを始めた。
その時、開いたドアをコンコンとノックする音がして私は反射的に顔をあげた。
「やあ、亀谷さん」
営業課の中田久志が立っていた。すらりとした八頭身が目をひく。着ているのはなんてことのない既製品のはずなのに眩しいくらいキマっている。私より二つ年上の三十二歳。社内でも一二を争うイケメンだ。ついでに営業成績も群を抜いていると聞く。わざわざフロアの違う設計部まで足を運ぶなんて珍しい。私の胸がぴょんと飛び上がった。
気持ちなんて、目では見えないはずだけど、中田さんにこの心の動揺を見抜かれそうで、私はみぞおちに力を入れてしまう。
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