取り憑かれました 

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「先輩、このメールなんですけど……」  私、思わず伊沢君を睨んでしまった。伊沢君が小動物のようにびくりとする。 「は?」  我ながら返事する声が刺々しい。 「あ、誤送信ですね、多分……。会計課宛だと思うんで、まわしときます」  まずいと思ったのか伊沢君は、びくんと肩を跳ね上げて即、自己完結した。  睨んだ私が悪い。わかってるんだけど。  今は、余韻に浸っていたいの!   ウチの会社は、基本、深夜残業NGなので(つまり基本じゃない時もある。そういう時は徹夜になることも。泣っ)十時に仕事を切り上げて、十一時には自宅アパートに帰りついた。疲れた、首も腰も痛い……というか、もお、死んでる。ふらつきながらシャワーを浴びてパジャマに着替えるなりベッドに倒れこんだ。  夕食は……まあ、いいや。夕方六時過ぎにこりゃ残業かなと思った時に菓子パンを一個かじっている。どんなパンを食べたかまで覚えてないけど。 食事に関しては、近頃そんな感じ。 ただひたすら自分を動かす燃料を入れるために口を動かしているという風で。何を食べたとかどんな味かとかいうところまで意識がいっていないことが多い。 あー、今日も忙しかった。突然の設計変更なんてざらで、その度に現場へ行って変更箇所や部材の仕様について確認して。 設計ってデスクワークだと思ってたのに。めっちゃ歩いてるよ。とほほ。 歩数計つけたら、すごいだろうな。  設計=デスクワークっていう期待を裏切られた気もするけど、世の中案外そういうものなのかもしれない。  事務の子だって、受け付けの子だって……座ってばかりじゃないはず。受け付けなら歩かないだろうか、そういうのは偏見?  友人が少ないから、人に聞くことさえできない。  建築会社には好きで入ったけど。  仕事だって充実してるけど。  もう気がついたら三十歳。数少ない友人から送られてくる結婚を知らせるハガキにも、だんだん焦らなくなってきた。  変な開き直りが出てきたのかも。  いや、違う。  実家の母からは電話があるたびそれとなく、いい人はいないの? なんて聞かれるし、三十の誕生日を一人迎えた朝はなんだか落ち込んだ。誕生日の朝を一人で迎えるという虚しさをしみじみと噛み締めてしまった。
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