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ただ、不安を胸の奥に押し込めているだけ。
気がつかないように目を背けているだけ。
本当は、いつかきっと私だけを見つけてくれる王子様が現れるんじゃないかって淡い期待にまだしがみついているんだ。
職場では無表情鉄仮面の私が、いい歳して理想の王子様を待っている乙女なんて物笑いのタネだ。
消化できないやるせなさをため息とともに吐き出すと私は目を瞑った。
考えても仕方ない。仕方ない時は眠るに限る。
私はあっという間に眠りにおちた。
嫌な夢を見ていた。
高校の頃の夢。
思い出したくないのに、時々夢で再生される私の黒歴史。
私だって。昔から、こんな無表情、愛想なしでひねくれものだったわけじゃない。
学生時代は素直だったし、大人しかった。(あ、今だって大人しい。仕事に追われてツンツンしてることは否めないけど)
夢の中で、景色が、時が流れてゆく。過去へ、過去へ……。
初めて恋をした、高一の夏。
奥手だった私の初めての恋。
二つ年上の先輩だった。陸上部でハイジャンの選手をしていた人。部活が終わる夕暮れ時、軽々と白いバーを飛び越え鍛えられた長身がマットに沈む。私は当時卓球部で、嫌々走り込みの最中だった。垣間見た先輩が大きな鳥に見えた。一瞬で惹かれた。
まるで羽が付いているみたいに簡単に体が宙に浮き、バーを超えてゆく。その姿がスローモーションのように目に焼き付いた。いや。焼き付けた。
以来嫌いだった走り込みに積極的になり、スタミナだけはついた。だって、卓球は室内競技、走り込みでもしなければ、陸上部の練習しているグラウンドに出ることはない。
でもラッキーなことに、先輩とは委員会が一緒だった。図書委員会。当番が一緒になり、並んで図書室のカウンターに座った時には緊張して頭が真っ白になった。
先輩が返却の本を受け取る仕草にうずうずして。
時折私に投げかける視線にうずうずして。
胸の奥からこみ上げてくるその意味不明のうずうずに耐えきれずに、まるで逃げるみたいに書架の整理をしたことを覚えている。
先輩と肩を並べて座っているだけで、駆け足になっている鼓動を気取られそうな気がして仕方なかった。
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