取り憑かれました 

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席に戻った私はマウスを指で軽く叩きながら考えた。 普段通りだ。ちょっと動作がおどおどしているような気もするけれど、それが普段の彼だから。 昨夜の出来事を、今日何回目だろう……振り返る。 私を見下ろしていた冷たい眼差し。 思い出しただけで、首筋を冷たいもので撫でられたような錯覚に身を震わせてしまった。 ……あれは幻覚だったんだろうか。 そう思ったけれど、同時にその考えを自分で打ち消す。 だって、こんなにはっきり覚えているのに幻覚って。そんなこと、ある? 「伊沢君、あの……」 ちょうど周りに誰もいなくなったのを見計らって、私は伊沢君に声をかけた。 「あ、はい。なんでしょう」  伊沢君がくるりと椅子を反転させ、私に向き直る。  うーん……。 声をかけたものの、なんて切り出して良いかわからない。 ……私の家に昨日来た?  なんか違うような。 ……私の上に昨晩、乗ってたでしょ?  何気に浮かんだフレーズに一瞬思考が真っ白になる。  駄目だ。この聞き方じゃセクハラだ。アウトだ。即アウトに決まってる。  椅子に座っている伊沢君の視線が下から私の頬に刺さる。私は彼の視線を受け止めながら唇を舌で湿した。 「……なんでもない。手を止めちゃって悪い」  ああ、私ったら何を聞こうとしているんだか。  見上げてくる伊沢君の目には、昨晩見たぞっとするような冷たさなんてかけらもなくて。途端に私は自分が見たモノに自信が持てなくなってきた。  やっぱり、夢か幻だ……。 だって、非現実的すぎる。 伊沢君が夜、私の部屋にいるはずがない。私のアパートなんて知っているはずがない。彼とは仕事と天気の話しかしたことがないというのに。 それに、朝アパートで確認したけれど、誰かが部屋に入ったような形跡もなかった。きっと疲れすぎていたせい……。 そう思うと同時に、後悔と羞恥が私の胸に押し寄せてきた。  自分から言いかけておきながら、何も言わずに会話を切り上げた私を伊沢君がキョトンとした顔で見たが、気づかないふりをしてそそくさと席に戻った。
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