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勉強会
テーブルの上の、和が広げている問題集の横の、引っ掛からない位置に、おれは頼まれていたメロンソーダを置いた。
「ありがと。センセイ」
わざわざ顔を上げて和は礼を言ったが、正しくは、おれはセンセイではない。
彼、斉藤和のリハビリ指導を担当していた、理学療法士のひとりに過ぎなかった。
陸上部の活動中に左足首を骨折した和は、先月の半ばまで約一か月間、おれが勤務する病院にリハビリの為に入院をしていた。
和は、おれにとっては最初から、色いろな意味で気になる患者だった。
陸上選手にしては高い身長と、それに見合ったしっかりとした体格とは、中距離走の練習のし過ぎが原因で、疲労骨折になるのがうなずけた。
その、均整が取れた体の上に乗る顔は、――やはり端正で、精悍だった。
担当する患者で、しかも高校生なのは分かり切っていたが、正直、ドキッとした。かなり、好みのタイプだった。
見た目ではすっかり大人の男だったが、和の中身は年相応、いや、それ以下だった。
転院して初めの三日間の和は、口を開けば、「痛い。ダルい。リハビリ、ヤダ」のどれかしか、言わなかった。
しかし一度だけ、絞り出すような声で「早く、走れるようになりたい。――走りたい」と、つぶやいたのを聞いた時、その目の力強さを見た時、おれは和の本心を見たような気がした。
少し歩けるようになると、和はやっと、リハビリに本腰を入れるようになった。
――疲労骨折になるのが分かるほどの、集中力だった。
新陳代謝が最も盛んな十代後半だったからか、それからの和の回復は目覚ましいものだった。
転院一週間後には、足を引きずりつつだったが、器具の補助も介助もなしに、歩けるようになっていた!
これには、担当の整形外科医である白河医師も、
「若いっていうのは、何よりの特効薬だなぁ・・・羨ましい限りだよ」
と、舌を巻いていた。
自分だってまだ、三十五才なのに。二十三才のおれよりも体力も、――精力もあるというのに。
眼鏡の奥の、白河医師の細まった目は、今は優しい。しかし、その目に欲望の光が灯るのも、おれは知っている。
そう思うと何だか火照ってきた顔を体を、医師へと押し付け、
「せんせいもまだまだ、若いですよね・・・?」
と迫った。
白河医師の、宗司郎さんの診察室で。
和の驚異的な回復を心から喜んでいたおれだったが、その翌日、リハビリルームへと向かう際に、当の本人から思いも掛けないことを告げられて、その心が凍り付いた。
「おれ、昨日の夜、見たんだ。センセイと白河医師とが、診察室でコッソリ会ってるの。――抱き合ってたよね?」
「!?」
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