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一体、何を言われているのか分からなかったのは、ほんの一瞬だけだった。
すぐに昨夜、おれと宗司郎さんとが診察室でしたことが、まざまざと脳裏に蘇ってきた。
あれを・・・見られた?まだ高校生の、担当する、患者に――?
言葉が出ないおれに、和は鼻の頭がつくギリギリまで顔を近付けてきて、更に続けた。
「センセイ、誰にも言わないからさ、おれとも同じこと、しようよ――」
ささやく声は、少年のではなかった。低い、男のだった。
「・・・・・・」
その後、おれがどういう風に和に応えたのか、余りのことで憶えていない。
結局、何も言えなかったんだと思う。それくらい、全くの不意打ちだった。
和に見られたのはもちろんのこと、それ以上に和もまた、ゲイだかバイだか、とにかくそういうのだったのは、本当にショックだった。
そういうことは、何となくだが分かると、おれは思い込んでいた。
実際、宗司郎さんの時はそうだった。だから、おれは自分から宗司郎さんへと告白し、付き合うことになった。
和がゲイだと分からなかったのは、担当の患者で、しかもまだ高校生だからと、おれが思い込もうとしていたからだろうか?
答えが出ないままに、おれは翌日から、脅迫まがいに小声で口説いてくる和にリハビリの指導をした。
和はけして、直接的な行動には出て来なかった。――多分、それどころではなかったのだろう。
一か月後の退院を目標に設定した和のリハビリは、ハッキリ言って相当にきつかったと思う。
しかし、和は食いしばった歯の隙間から弱音を零すこともなく、一日五時間近いリハビリの内容を日び消化した。
おれは仕事だからもちろんだったが、身体面でも精神面でも可能な限り、和をサポートした。
――だから、リハビリの前に後に、和がささやいてくるセクハラまがいの脅迫は、聞かないことにしておいた。
顔にはバッチリ、出てしまっていたと思うけれども。
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