午後十二時の王子様

6/8
前へ
/39ページ
次へ
 その、静まり返った(なぎ)へと、おれは語り続ける。 「待たせて、ごめんな。――いや、今まで、待っていてくれてありがとう」  和がやっと、口を開いた。 窺うようにおずおずと、小さな声でたずねてくる。 「本当に、いいの?白河医師(しらかわセンセイ)のこと、不倫だって分かってても――、好き、だったんだよね?」  和はそこで、声を言葉を詰まらせた。 息を吞む微かな音を、おれは確かに聞いた。 「そんなに簡単に、あきらめ切れるの?」  和が真っ先に、宗司郎さんのことを言ってくるのは意外だった。 しかし、おれのことを思い遣ってくれているのだと思うと、口の端が笑みで持ち上がるのが自分でも分かった。 「好きだよ。今でも」 「・・・・・・」  瞬間、おれから目を逸らし、和は口元をキュッと引き結ぶ。 こんなにも簡単に、おれの言葉一つで顔色を変える和が、改めて愛おしいと思った。 「結局、最後のさいごまで、嫌いにはなれなかった」  なれたら、ラクだったんだけれども。と心の中で付け足すおれに、和は叫ぶ。 「じゃあ――っ‼」 「でも、そんな白河医師(しらかわせんせい)よりも、和のことの方がもっともっと、好きになりたいと思ったんだ」  これが、おれが見付け出した、おれの本当の気持ち――、答えだった。 「センセイ・・・」  再びおれを見た和の目とおれのとが、真っすぐの視線で結ばれた。 「ダメ・・・かな?こんな理由じゃ」  けして、長い時間ではなかったと思う。 しかし、おれには和の沈黙が、永遠に続くように感じられた。  やがて、 「理由なんか、別にどうでもいいよ――」 と和がポツリと言った。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加