勉強会

3/10
前へ
/39ページ
次へ
 おれは和に見られたことを、宗司郎さんには言わなかった。言えなかった。 そんなことをしたらすぐにでも、何ならその場で、別れを切り出されるのが分かっていたから。  経過報告という名の最終面談も無事に終えて、予定通りにあと一週間で和が退院することになって、おれは確信した。 和はそんなことを、おれと宗司郎さんとのことを、バラすようなことはしない、と。  今までの二週間で、バラそうと思えばいくらでも出来た。しかし、和はそうしなかった。 本気でおれを追い詰めるには、和は直情的、――真っすぐ過ぎた。子供そのままだった。  ヤらせろヤらせろと言う姿が、構ってかまってと言っているように見えた。 きっとおれが、大人がオロオロおたおたする姿を見て、笑い飛ばしたかったのだと思う。 それでリハビリで溜まったストレスを、少しでも発散させたかったに違いない。  だから、いよいよ明日が退院となった、最後のリハビリの前に、 「センセイ、明日休みなんだよね?」 「あぁ」 「じゃあ、センセイとも、今日が最後なんだ」 と、実につまらなさそうに不貞腐れて、和は言ってきた。 まるで、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供のようだった。  「(なぎ)・・・」 思わず、ついウッカリと、分かり易いなぁ――と微笑ましく思ったおれに、すかさず顔を近付けてきて、 「じゃあ、いいでしょ?ヤらせてよ」 とそっと、言い足してきた。  「・・・・・・」  おれは心の中の笑いを、一瞬で消した。 「おれが、担当の患者だからダメなの?」 矛先を変え、なおも小声で言い募ってくる和に、そういう問題ではない。と言ってもムダそうだったので、止めた。  黙っているおれに、あきらめずに和は続ける。 「じゃあさ、退院したらいいよね?もう患者じゃないんだし」 「退院しても、患者だよ」  これには間髪を入れずに、応えた。応えられた。 和は首をかしげている。本気で、分からないのだろう。 「リハビリで一番大切なのは、続けていくことだ。退院したから、次の日に急に治るなんてことは、けしてないんだから」 「・・・・・・」  一転、今度は和が黙る番だった。今の今まで、おれに射抜かんばかりに、じっと見ていた目を逸らした。 文字通り、そっぽを向いた状態だった。  目を合わさないままの和に、おれは言った。 「ほら、今日の午後のリハビリ、始めるよ」 「・・・・・・」  和は返事こそしなかったが、座っていたベッドから立ち上がった。 もうすっかり、日常の動作には支障はないくせに、ひどく怠そうにして――。
/39ページ

最初のコメントを投稿しよう!

75人が本棚に入れています
本棚に追加