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おれは和に見られたことを、宗司郎さんには言わなかった。言えなかった。
そんなことをしたらすぐにでも、何ならその場で、別れを切り出されるのが分かっていたから。
経過報告という名の最終面談も無事に終えて、予定通りにあと一週間で和が退院することになって、おれは確信した。
和はそんなことを、おれと宗司郎さんとのことを、バラすようなことはしない、と。
今までの二週間で、バラそうと思えばいくらでも出来た。しかし、和はそうしなかった。
本気でおれを追い詰めるには、和は直情的、――真っすぐ過ぎた。子供そのままだった。
ヤらせろヤらせろと言う姿が、構ってかまってと言っているように見えた。
きっとおれが、大人がオロオロおたおたする姿を見て、笑い飛ばしたかったのだと思う。
それでリハビリで溜まったストレスを、少しでも発散させたかったに違いない。
だから、いよいよ明日が退院となった、最後のリハビリの前に、
「センセイ、明日休みなんだよね?」
「あぁ」
「じゃあ、センセイとも、今日が最後なんだ」
と、実につまらなさそうに不貞腐れて、和は言ってきた。
まるで、お気に入りのおもちゃを取り上げられた子供のようだった。
「和・・・」
思わず、ついウッカリと、分かり易いなぁ――と微笑ましく思ったおれに、すかさず顔を近付けてきて、
「じゃあ、いいでしょ?ヤらせてよ」
とそっと、言い足してきた。
「・・・・・・」
おれは心の中の笑いを、一瞬で消した。
「おれが、担当の患者だからダメなの?」
矛先を変え、なおも小声で言い募ってくる和に、そういう問題ではない。と言ってもムダそうだったので、止めた。
黙っているおれに、あきらめずに和は続ける。
「じゃあさ、退院したらいいよね?もう患者じゃないんだし」
「退院しても、患者だよ」
これには間髪を入れずに、応えた。応えられた。
和は首をかしげている。本気で、分からないのだろう。
「リハビリで一番大切なのは、続けていくことだ。退院したから、次の日に急に治るなんてことは、けしてないんだから」
「・・・・・・」
一転、今度は和が黙る番だった。今の今まで、おれに射抜かんばかりに、じっと見ていた目を逸らした。
文字通り、そっぽを向いた状態だった。
目を合わさないままの和に、おれは言った。
「ほら、今日の午後のリハビリ、始めるよ」
「・・・・・・」
和は返事こそしなかったが、座っていたベッドから立ち上がった。
もうすっかり、日常の動作には支障はないくせに、ひどく怠そうにして――。
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