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「――センセイ?」
和がおれを呼ぶ声で、我に返った。
和は、退院して一か月近く経つと言うのに、未だにおれのことをセンセイと呼ぶ。
もうセンセイでは、そもそも、最初からセンセイではないというのに――。
「退屈?つまんない?」
「え・・・?そんなことないよ」
おれは開いたままの手元の文庫本へと、思い出したように視線を落とした。
そんなおれを、和はストローを噛みながら疑わしそうな目で眺めている。
和が退院をしたあの日に、四月になる前にも会おう。と言われ、連絡先を教えられた。
しかし、おれの方からは連絡をしなかった。
復学したばかりで色いろと忙しいだろうと思ったのは、言い訳で、――本当は怖かった。
和にとっておれは、リハビリ入院中に担当だった理学療法士のひとりで、たまたま同じゲイだったに過ぎない。
退院したら、元の生活へと戻ったら、おれのことなんてすぐに、忘れてしまうかも知れない――。
おれの迷いなど知る由もない和は、退院して一週間もしない内に連絡をしてきた。
LINEでもメールでもなく、電話で。
何でも、
「――センセイの声が聞きたかったから」
だそうだ。
それを聞いた時のおれの顔は多分、真っ赤だったと思う。鏡を見なくても分かった。
テレビ電話でなくて、本当によかった。
手術とリハビリ入院とで約一か月半、高校を欠席していた和だったが、卒業することが出来たらしい。
――ただし、補習を受けるという条件付きで。
大学への進学が、秋頃もう既に推薦で決まっていた和本人はもちろんのこと、高校側も留年を避けたかったのだろう。
和曰く、
「超特例措置の結果」
だそうだ。
しかし和本人としては、全然感謝しているようではなかった。
「恩着せがましいんだよ。指定校推薦枠取り消されたら、学校だって困るっていうのにさぁ――、学年主任のヤツなんて、『斎藤、卒業仮だからな!補習ちゃんと来いよ!』って余計なこと、式の練習中に大声で言いやがって。それでクラスメイトから、『卒業(仮)の斎藤君』って呼ばれた」
「・・・・・・」
学年主任の声マネをする和に、思わず吹き出しそうになったが、おれは必死で、笑いをかみ殺した。
『そつぎょうカッコカリの斎藤君』という呼ばれ方は、本当に気の毒だと思った。
「・・・あともう少しで卒業って時に、新しいあだ名がつくって、ありえなくね?」
「でもまぁ、よかったじゃないか。卒業式には普通に出られたんだろ?」
予行練習に参加したということは、そうなのだろう。
しかし、和の声はくすぶったままでいる。
「おれだけ、渡される花の色が違ってたら、卒業証書に(仮)って書かれてたらどうするよ?って、超ビクついてた」
「・・・・・・」
そんなことはあるわけがない。とおれは思ったが、黙って心の中で笑っていた。
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