そして熊はゆく

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 ふと見ると、足元に片目が外れたウサギのぬいぐるみがあった。見るからにそれは薄汚れていて、何の価値も見出すことができないようなぬいぐるみであった。  にもかかわらずボクは、そのぬいぐるみに手を伸ばさざるを得なかった。理由はまだわからない。それでもそのぬいぐるみを手にしたいという気持ちがとても強すぎて、それに抗うことができなったのだ。  そのぬいぐるみは元は白かったであろうと思われるが、ひどく黄ばんでいて、昔の姿を正しく思い出すのはとても難しく感じられた。首に巻かれていた赤いチェックの布を広げてみると、ハンカチか何かだったのだろうと思われた。そのハンカチの下からは元々あったのであろう金属製のタグが提げられていた。  そのタグには何かが書いてあるのだが、字がぼやけてよく見えなかった。  手触りでいくつかの文字が刻印されているのは確かであると分かっているのだが、何故か見ようとすると視界は不自然にもぼやけてしまうのだ。  奇妙に思いながらも、それはそれで仕方のないことだと思いなおしてボクはまた歩き始めた。  きっと何を考えても今はそれしかないのだろう。  ボクはウサギのぬいぐるみを抱え込むようにして持って、そのまままた進み始めた。それしかない、それしかないのだと言い聞かせて。  でもどうしてこのぬいぐるみをボクは大事そうに抱えているのか、それはボク自身にもわからなかった。  ただこの荒野をひとりで行くには寂しかったのだろうか。はてと、考えてみたけれど、正直なところそんな感情は沸いてはこない。  むしろ感情というものを知識としては思い出してきているのだが、感情という感覚がボクの中には無かった。  それが正しく機能していないという方が正確なのだろうか。  ボクはやはり仕方がないとその行き場のない感覚のままぼんやりと歩き続けた。  
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