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青瑠は、やおら立ち上がった。
「おや、美屋久よ。おまえの可愛い花嫁さんは、どこに行くんだろうね」
からかうような声にビクリとして、青瑠は隣に座した美屋久を見下ろした。
美屋久の肩に腕を回して、新郎の兄の松金が頬を真っ赤にして笑っていた。
したたかに酔っている。一方の美屋久は、婚礼の夜とあって、常になく酒は控えている様子だ。落ち着いた態度で、松金をいなした。
「兄上、花嫁を苛めるなよ。青瑠は、この一刻、人形のようにおとなしく座っていたんだぜ。いつもの跳ねっ返りぶりはどうしたものかと、心配になったぐらいさ」
濡れたような漆黒の琉装に身を包み、紺鉄の帯をキリリと締めた美屋久は、惚れ惚れするような男ぶりだった。いつもはぞんざいに縛られた髪も、たっぷりと油をつけてイキな男髪型に結い上げてある。
まるで釣り上げた魚でも眺めるように、誇らしげに青瑠を眺めた。
(私はあんたのものじゃないわ)
青瑠は嫌悪を顔に出すまいと躍起になった。
「あの……酒の匂いに、酔ってしまったみたいなの。少し夜風に当たってくるね」
しおらしげに弁解すると、ここぞとばかりに、全身全霊を込めて微笑んだ。
婚約が決まってからというもの、美屋久には唯の一度も笑顔を向けていなかった。効果は覿面で、美屋久の面はたちまち、溶けた蝋のように、グニャグニャになった。
「ああ。新北風で体を冷やす前に戻ってこいよ」
出て行く際に、青瑠は部屋の隅にいる父と母を一瞥した。三線の早弾きに会わせて陽気に手拍子を取っている。
一瞬、針で突いたように胸が痛んだ。両親が美屋久との結婚をどれほど待ち望んでいたか、青瑠は知っていた。
だが、青瑠が幾ら結婚に反対して泣こうが喚こうが、頑として聞き入れてくれなかった過去の数多の場面を思い出すと、痛みは怒りに変わった。
青瑠は引き戸を開けると、縁側に足を踏み出した。
「なぁに。たとえ逃げてもね、すぐに見つけ出すさ。花嫁捜しこそ、夫の技量の見せ所だって言うじゃないか」
青瑠の耳に、舌舐めずりするような美屋久の声が追いかけてきた。
「島を逃げ回ったところで、どこにも行けねえよ。潮溜まりを逃げる魚を捕えるように容易いさ」
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