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「こっちよ。父も母も、裏座でグースカ眠っているわ。多少の音を立てても、平気」
福利は足音を殺さずに庭を突っ切ると、厨に隣り合った狭い板間に、青瑠を案内した。押入れとして使用されているらしく、物が犇いていた。黴臭さに、青瑠は小さく咳き込んだ。
「狭くて汚いけど、ここなら、見つからないわ」
「十分よ。ありがとう」
寝られる場所があるだけで嬉しい。
福利は手早く燧石を叩き、火点け容器の松脂に火を点けた。仄かな明かりが部屋を照らし出した。
人が一人、どうにか横になれるだけの隙間を残して、所狭しと萱容器が積み上げられていた。
明かりに驚いたのか、蠊螂がサッと床の割れ目に逃げ込んだ。
福利は急に青瑠に躙り寄ってきた。つぶらな瞳が好奇心に輝いている。
「それでそれで? 美屋久は、どんなだった? 格好良かった?」
青瑠は困惑した。美屋久から逃げてきたというのに、何を言い出すのか。
「遠目に見たけど、見違えるようだったもの。やっぱり、見目がいいわよねえ」
感極まったかのように喋り立てると、急に真顔になった。
「私ね、本当に、どうにも不思議なの。どうしてわざわざ、美屋久から逃げるの? 歳だって、三つ上の十八で、相手にはちょうどいい。女好きなところが玉に瑕だけど……。でも、私なら逃げたりしないな。美屋久との初夜が引き伸ばされるなんて、我慢できない。それとも、青瑠はわざと焦らしているだけ?」
想いもよらぬ質問をポンポンとぶつけてきた。普段の青瑠ならピシャリと言い返してやるところだが、匿ってもらっている身では、遠慮があった。
「私は……そんな風に思えない。だってまだ十五だもの。結婚には早いと思う」
「遅いよりは、ずーっとマシよ。真地留なんて、もう十九よ! フフ。まあ、あの容姿じゃ仕方ないと思うけど……。それに、加羅だって昨年、十四で嫁いだじゃないの」
「わかってる。でも、私は、嫁ぎたくないの」
この話は終わりにしたかった。
「ひょっとして、すでに心に決めてる人でもいたりしてー」
からかうように福利はヒョイと青瑠の顔を覗き込んできた。ドキリとした青瑠は、無意識に胸元に手をやった。
「まさか! そんな相手はいないわ」
しばらく、福利は探るように青瑠の顔を見つめ、そっと息をついた。
「ふーん……。だったら、単に青瑠の我侭なわけか。贅沢よね。どうせ、島の誰かと、いずれは一緒にならなければいけないんだもの。美屋久となんて幸運よ」
掌を返したように醒めた態度だ。青瑠は不安に駆られ。思わず福利の手を取った。
「お願い。私がここにいるって、玉弥以外には誰にも話さないでね」
急にしおらしく頭を下げた青瑠に、福利はしばらく沈黙した後、ニコリと笑った。
「もちろんよ。青瑠は私の友達だもの。裏切ったり、するもんですか」
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