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第一章 ティサジと蝶(ハベル)
「えーいっ、呑め、呑め」
手拍子とともに、火中に投じた樫の実が爆ぜるような笑い声が生まれた。熱に浮かされたような早弾きの三線の音が、喧騒をさらに掻き立てる。
立ち上がって踊る者も現れ、畳を軽快に踏み鳴らす足音が、青瑠の耳朶を打った。
(カチャーシーが始まった……じきにお開きだわ)
頭から被った黒朝衣の影からそっと、青瑠(オールー)は周囲を窺った。アカシ火に照らされた十畳の座敷は、もはや足の踏み場もないほどに乱がわしい。そこかしこに空になった徳利が倒れ、引っくり返った膳を枕代わりに泥酔する者さえいる始末。
酒の香が、冬の朝霧のように立ち込めている。
列席した女たちは酒こそ呑まないが、このハレの日のために準備した御馳走を旺盛に平らげ、姦しくお喋りしていた。
「あいっ、早いものよねぇ。洟水垂らしていた悪餓鬼の美屋久(ミャーク)が、こんな立派になったんだもの」
「だからよー。美人の花嫁さんが来るって、この三月の間、ずっと浮かれっぱなしだったって。もう離したくないはずねぇ」
とっさに青瑠は、胸元を指先で押さえた。着物の奥に、歪で硬い感触がある。
(どうか……どうか、無事に逃げられますように。蝶のように飛んで行けますように……)
心ノ臓が早鐘を打っている。緊張と焦りで、脂汗が滲む。胃の腑が迫り上がるような気持ちの悪さに、青瑠は生唾を呑んだ。
そのとき微かに、しかし聞き間違えようもなく、侘しげな山羊の鳴き声が聞こえた。一度、二度、それから少し間を置いて、三度。
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