金平糖

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未だに子離れ、孫離れのできていない妻が、喜ぶのは解っているので 妻のため、と言われれば私も無下に断るわけにもいかない。 大仰(おおぎょう)な事はしてくれるなよ、とクギを刺して了承した。 よかったぁと娘は声を弾ませると、後の事は私たちでやっておくから、 お父さんはお母さんを連れて来てくれるだけでいいからね? 記念日のお昼過ぎに、電車で四十分ほどにあるデパートの上階で、 個室のある中華料理屋に予約しておくから、 と結んで、電話は切れた。 やれやれ。 きっと娘たちの事だ、もう予約を取って準備しているに違いない。 嬉しい事は嬉しいが、最近年齢の所為か億劫(おっくう)でしょうがない。 私は家でのんびりパソコンでも打っている方が性に合っている。 苦笑いが顔に張り付いたままふり向くと、 妻がわくわくしたようにこちらを見ている。 「佳子(よしこ)ちゃんからでしょう?」 妻には何でもお見通しだ。 「なんて?うちに来るって?」 「いや。」 私は苦笑いのまま首を振った。 「来月の私たちの結婚記念日を、みんなでしたいそうだよ。」 「まぁ。」 妻の顔がたちまちほころんで笑顔になる。 「嬉しいわ!またみんなで集まれるのね。有難いわね。 うちの子たちはみんな親孝行ね。」 こういう妻の屈託のない少女のようなところは、昔から変わらない。 それが今も昔も可愛らしく、私は愛おしく感じる。 ただ頑固で押しつけがましいところがあるのと、 もう四十半(しじゅうなかば)になる娘たちを「ちゃん」付けで呼ぶのには 娘たちは閉口しているようだ。 それでもこうして何かと理由をつけて、嫁ぎ先から集まってくれるのは 仲の良い家族なんだろうと思う。 妻はいそいそと何を着て行こうかしらと箪笥(たんす)を物色し始めた。 「まだ来月の事じゃないか。」私が笑うと、妻がすました顔をして言う。 「近くなると絶対慌てるのだもの。あなたの服も新調したいわ。」 何を言ってるんだい。食事するだけだぞ、と 妻の着せ替え人形にされる前に 私は猫の額くらいの庭へ逃げ出した。
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