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日常Ⅰ
あのバンドとの出会いから数日たった。
「絵里ちゃん、今日帰りCDショップ寄ってもいい?」
今は学校の昼休み。
友人の絵里ちゃんと2人で教室の片隅で食事中だ。
「いいけど。と言うか小春、ご飯それだけ?」
と、私が手に持っている小さな菓子パンを指さして言う絵里ちゃん。
絵里ちゃんのお弁当はと言うとお母さんの手作り弁当。
…いつも美味しそうだ。
「私はこれで足りるから!」
「お母さんに作ってもらいなよ」
絵里ちゃんに悪気があるわけじゃない。
ただ、絵里ちゃんは家族みんな仲が良くて毎月家族旅行に行くようなおうちの子だから、私の置かれた環境なんて想像も付かないだけなんだ。
知らないは残酷だ。凶器みたいに心に刺さるから。
「あ、うん…」
なんて返して良いかも分からず言葉を詰まらせた。
本当は「皆が皆、お前の家みたいに幸せじゃないんだ」って言ってやりたかったけど、大切な友達を目の前にしてそんな事は言えず、どす黒い気持ちを胸にしまった。
「で、なんのCD買うの?」
絵里ちゃんに聞かれ、
「Slight hopeのCD!取り寄せしてもらってやっと入荷したみたい!」
と、待ちに待った物が手に入る喜びのあまり此処が教室だということも忘れて大きな声を出してしまった。
「小春、しーっ!」
指を口元に当て、『静かに』というジェスチャーをする絵里ちゃんを見た私はハッとなって口を手で抑えた。
それには理由がある。
「好きなのはいいけどクラスの人達にバレると面倒だよ」
女子校という訳ではないけど、生徒の男女比率の関係で私のクラスは女子しか居ない。
そもそも私は校内で月に数回、委員会や運動部をたまたま見かけた時くらいしか男子生徒を見ることが無い。
…もう女子校と言っていいレベルかもしれない。
そして女子ばかりが集まるとかなりめんどくさい事になると言うのはよくある話で、私のクラスも例外ではない。
私のクラスでは何故か人気女性アイドルユニットのファンのグループと、人気男性アーティストのファンのグループで2つに分かれている。
そしてその2択の選択肢以外は論外なのだ。
そしてクラスのボスである女子はアニメオタクを嫌い、他クラスの学年では有名なアニメ好きの子の悪口を毎日のように言っている。
こんな好きな音楽を2択でしか選べない異様な雰囲気にしたのもそのボスである女子と取り巻き達で、悪口を毎日飽きるくらい聞いているクラスメイトは皆明日は我が身を回避するためにこの環境に従っている。
実はアニメや漫画が好きという事がきっかけで1年生の時に仲良くなった私と絵里ちゃんはいつも「いつか刺されるのでは?」という不安を抱きながら2人でひっそりと過ごしていた。
2人で孤立はしていたが幸い、いじめの対象にはならなかった。
でも、家だけでなく学校でも生きづらいと言うのは事実。
「なんで好きな物を好きって言っちゃダメなの…」
溜め息まじりに出た言葉に
「気持ちは分かるけど目立たないのが吉だよ」と、絵里ちゃんは苦笑いしながら私の頭を撫でてくれた。
そうだ、私だけじゃない。
…絵里ちゃんだってこのクラスは生きにくいんだ。
「ごめん…。あのね、絵里ちゃん 。よかったらSlight hopeの曲聴いてくれる…?」
「CD貸してくれるならね。ほら、次移動教室だから早く食べちゃいなよ」
その言葉に頷いてさっさと食事を済ませた。
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