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ーーー私の一番初めの記憶はご主人様の姿です。
目を開けると、目の前にはご主人様が立っておられました。ご主人様はひどく嬉しそうで、どこか悲しそうにも映りました。
その隣に立っておられた奥様は私の顔を見るなり泣き崩れておられましたね。ご主人様の研究が身を結んだことが嬉しかったのでしょう。私は祝福されて作り出されたと理解できました。
それから、ご主人様は私に身の回りのお世話という役目を与えてくださいました。私の生まれた意味は、ご主人様のお役に立つためだと私は気付きました。
ですが、私はきっと失敗作だったのでしょう。私はお役に立つためにご主人様の身の回りの世話をさせていただきました。ですが、何度も失敗してしまいました。覚えていますか?
その度にご主人様は優しく笑って次から直せばいい、気にするな、と仰ってくださいました。私はそのお言葉を聞いて、あるはずのない心が満たされたように感じました。これが嬉しいと言う感情だと学びました。それから、少しずつ失敗は少なくなっていきました。失敗を減らすと、ご主人様は私の頭を撫でて褒め言葉を与えてくださいました。私は学習する度にご主人様のお役に立てていると実感することができました。
そして、ご主人様と奥様は私を色んな場所へ連れて行ってくださいました。春には花見に、夏には海水浴に、秋は山菜摘みに、冬はスキーに。ご主人様と奥様はとても楽しそうで、お二人の笑顔を見ることが私の喜びでした。あの時間は今でも忘れられません。
時間の中で学んだ感情は私の記憶の中に、確かに存在し続けています。
それから五十年が経ち……奥様がご病気になられました。この街一番の医師には不治の病と診断されました。病院に入院することとなり、治るかわからない治療を施すことをご主人様は決意されました。少しでも長く奥様と生きるためです。それからでしょうか。
ご主人様の様子が少しずつ、おかしくなっていきました。
時折私を見て、『×××』と呼ぶのです。私の名は、ご主人様からいただいた『ケイス』です。『×××』ではないのです。ですが、ご主人様はその後もそう呼びながら、涙を流すようになりました。なぜご主人様が泣くのか、私は奥様がご病気であることに関係があるのだと思いました。
そして、奥様がお亡くなりになられました。葬儀はこの自宅で静かに執り行いましたね。亡くなられた奥様は幸せそうに、嬉しそうに微笑んでおられました。
その後、ご主人様は私を見てくださらなくなりました。避けるように私を視界から外し、話しかけてくださることもなくなりました。私は、そのようなご主人様を見て、息苦しくなりました。胸にある核コアが熱暴走を起こしたのかと疑うほどに熱くなり、感じるはずのない痛みというものを感じました。これが、辛いと言う感情なのでしょう。
数年前からこの国は超高齢化社会となり、それに伴い医療分野が飛躍的に発展しました。この国の平均寿命は百三十歳まで上がりました。この国で死ぬことは困難なものとなりました。ですが、命あるものはいつか死を迎えます。
ご主人様も、病に侵されつつあります。もう、長くはありません。もう、私の声も届かなくなっているのではないでしょうか……
私は、この百年ですっかり錆びてしまいました。ご主人様の言葉通り、じきにこの体は朽ち果ててしまいます。
それでも、ご主人様と出会い、私は、心を知れたような気がします。
この機械の体で感じるはずのない、人の心をーーー
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