機械人形の涙

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ーーーあれは、小学校の卒業式。  私は両手に花を抱えて、ご主人様と奥様と一緒に歩いて家へと帰っていました。 「パパ!ママ!早く早く!もう、おいて行っちゃうよ!」  卒業式が終わり、中学生にようやくなれることが嬉しくて、逸る気持ちから私はご主人様と奥様の少し前を歩いていました。 「こらこら、はしゃぎすぎると花束を落とすぞ、『×××』」 「今日は卒業式のお祝いしなきゃね。何がいいかしら。『×××』の好きなハンバーグと、唐揚げと。あと、それから帰りにケーキを買いに行きましょう」 「わーい!!」  振り返ると暖かい笑顔で見守ってくれるお二人の姿があって、そこへ。 「『×××』っ!!」  唐突に、暴走した車が道路を蛇行しながら近づいてくるのが見えて、次の瞬間。  私の視界は真っ黒に塗りつぶされました。 「……っ!!……『×××』!!お願い、目を覚まして!」  奥様の声が聞こえます。涙ぐんだ声で、悲鳴に近い叫び声をあげながら取り乱していました。  ですが、奥様の姿はどこにも見えません。声だけが私の意識へゆっくり落ちていきます。体の感覚はなく、静寂と闇夜に意識だけがそこに存在している。なんとも不思議な感覚です。 「先生!娘はっ!娘は……目を覚ましますよね!大丈夫ですよね!?」  その声は見えるのかもわからない微かな希望にすがりつくようでした。 「……残念ながら、娘さんの意識はもう戻りません。交通事故の際に起きた衝撃で脊髄への損傷がひどく、もう体を動かすことも、目を覚ますことも困難でしょう」  見知らぬ男性の声が聞こえます。奥様が先生と呼んでいたので、おそらく医師の声でしょう。泣きじゃくる奥様へ、落ち着いた声でそう話します。  私は難しいことを話す男性の言葉の意味は分かりませんでしたが、私はもう二度と光を見ることはできないということは理解できました。 「そ、そんな……」 「ですが一つ、方法があります」 「方法が、あるのですか?それはなんですか!教えてください!」 「……はい、それは機械人形への魂の移植です」 「魂の、移植?」 「近年、魂というものの概念が確認されつつあることはニュースなどでもご覧になったことはありますよね。肉体とは魂の入れ物であり、人の心は魂に宿る。昨年、アメリカのある学者が魂の移植実験を行い、移植に成功したという事例もあります。その方法は、人体から魂と呼ばれる精神体を抽出し、起動前の機械人形の中にその魂を閉じ込める。そうすることで、その人物に機械という新しい体を与えることができるのです。ただし、脳を移植するわけではないため、記憶や人格をそのまま反映させることは難しいのですが…… 魂を抽出する最新の機械はすでにこの病院にあります。これにより、魂の入れ物を機械人形とし、定着させることができます。もしかすれば、娘さんの性格や感情、記憶も引き継げる可能性が……」 「そんな方法がっ……!お願いします!娘を!娘を助けてください!」  奥様は医師に詰め寄って話を聞くと、すぐさまそう言いました。 「わかりました。すぐに移植先となる機械人形をご用意いたしましょう。旦那様も、それでよろしいでしょうか」 「……あぁ。頼む。もう一度あの子の、笑顔を見せてくれ……」  ご主人様の揺れる声が聞こえ、真っ黒な意識の中で、もう一度私の意識は沈みました。深い深い記憶の底へと。
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