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《名前#2》
「そういやよ」
武田が低い声=夏に声変わりをしたそれで耳打ちしてくる。
「ぶっかけババアで思いだしたんだけど、今度の土曜、ゲンチャでまた集会行かねえか?」
ゲンチャ=チャッピーとかいうバイク。集会=暴走族のそれ。二、三週間前におれは、武田が運転するチャッピーの後ろへ乗っけられて、馬鹿みたいな色をしたバイクや、前がちりとりのようなかたちをした車の集まっているところへ連れていかれた。ぶっかけばばあとどう関係があるのかを聞く。
「ババアのことなんかどうだっていいじゃねえか。それよりアレだ、アニキたちがサームラ連れてこいっていってんだわ」
武田の兄貴たち。一番上の兄貴がそこのボスだった。なんとか隊長というのを二番めの兄貴がやっている。わざとやっているのか、それとも自然にそうなっているのか、武田は話をあっちこっちへぶっ飛ばすくせがあった。
「暴走族のボスにヤキでも入れられんのか、おれは」
「ボスじゃねえ。総長だよ、総長」
「どっちだっていい」
「よくねえって」
「興味ねんだよ、そういうの」
どのみち土曜の晩にはもうこの街にいない。暴走族の集会なんかよりもっとスペシャルなことがおれを待っている。怖い兄貴がふたりもいる弟は、くそでも踏んばっているような顔で宙のどこかを睨みつけていた。
「なんつうかよ。オレらも来年チューボーじゃねえか。そしたらやっぱチーム入って気合入れなきゃダメだろ」
気合にチームもへったくれもない。武田はそこのところを大きく勘ちがいしている。
「そんなの行ってる暇があったら、彼女とデートでもしてこいよ」
話をはぐらかすと武田はすぐに照れた。今はもう、それについてなにかしゃべりたくてしかたがない顔つき──いつも以上の垂れ目顔になっている。おれが眉をあげると武田は待ってましたとばかりに顔をこっちへ近づけてきた。とっくりシャツの首には銀の鎖=彼女とお揃いらしいペンダントだかネックレスだかが引っかけられている。
「真奈美が来週誕生日だっつうから、横浜銀蝿のコンサート誘ったんだわ、こないだ」
はぐらかしにまんまと成功。友だちにこんなことを思うのもなんだが、ちょろいもんだ。
「そしたら真奈美なんつったと思うよ? そんなの行きたくねえっつうんだぜ。じゃあなんだったらいいんだって聞いたら『竹の子族』見にいきてえとかいうんだわ。ダッセェだろ、あんなの」
真奈美=児島真奈美は武田がいつの間にかつきあいはじめていた一組の女だ。聖香ほどじゃないが、まあまあかわいい。
「おお、だせえだせえ」
話をぶっ飛ばす代わりにぶっ飛ばされても平気な武田は、おれが転入してきたときから児島とつきあいたがっていた。今じゃ願いも叶ってバラ色の毎日を送っている。おそらく武田も松本と同じように生まれつき──いや、生まれる前から運がいいんだろう。そうじゃなきゃあんな金持ちの家に生まれてこれるわけがない。それともそういう家に生まれてくると、もれなく運もついてくるのか。ふたりを見ているとおれの運が悪いのはお前たちのせいだと思えてくるときがある。そしてそいつを思うときは決まってみじめな気分もセットになっていた。
「それによ、手も握らせてくんねえんだぜ。ガード堅すぎだと思わねえ?」
「勝手に握っちまえばいいだろう」
「やろうとすると手、引っこめちまうんだよ。父ちゃんがどうのとかわけわかんねえこといいやがるし。ひょっとして真奈美んちの家族に嫌われてんのかな、オレ」
手を握りあうのに児島の家族は関係ない。
「まあ、武田みたいな不良と娘が仲よくされんのはどこんちの親もいやだろうな」
「オマエにいわれたくねえよ」
たしかにおれも聖香の家族には好かれていない。というより本人にすら好かれていない。相手の家族はともかく、少なくとも好きな相手には嫌われちゃいない武田がちょっと憎らしくなってきた。
「勉強でもがんばってみたらいいんじゃねえのか。そうすりゃ手握るぐらいなんとかなんだろ」
「やっぱそうか。んじゃ公文行くかな、オレも」
武田の、どっちかといえば本気に近いその言葉に吹きそうになった。奥歯で笑いを噛み殺す──無理だった。
「ナーニ笑ってやがんだよ。やるときゃやんだぜ、オレは」
「やる気になってるとこなんか見たことねえけどな」
武田は大抵のことを金で解決する。日直も、掃除も、給食当番も、宿題も。いっぺんでいいからおれもそんな暮らしがしてみたい、と昨日の夕方までは思っていた。
「そこでだ」
棚へ腰かけたまま、金持ちの三男坊がおれの肩へ手をまわしてくる。おれにとってはどうでもいい、三男坊にしてみたら大事な話をするときのくせ。こないだのときはたしか⋯⋯聖香と児島を誘拐してきて、三男坊の部屋でずっと面倒みようぜ、とかいう話だった。どうせまたくだらない話なのはわかっている。だが、松本と同じぐらい仲のいいこいつと話すのも今日で最後。馬鹿話につきあってやるのも友だちの役目だ。
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