第三逃 色メガネ

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《名前#4》 「サームラ、オメエまさか真奈美を狙ってんじゃねえだろうな」  誰にも予想できない話のぶっ飛び方。今の今まで聖香の話をしておいて、どうしたらそんな変化球をぶん投げてこれるのか。 「お前の脳みそのしくみがわからねえよ」 「ノーミソの話なんかしてねえだろ」 「児島を狙う話もしてねえぞ」  睨みあった──武田が折れた。 「わかった。んじゃ、信じとくわ」  信じるもくそもない。おれは武田の彼女と口を利いたこともなかった。 「とにかく──」 「やっぱ、狙ってんのか」 「しつけえな! おれは聖香しか──」  またしてもでかくなる声。特急でボリュームを絞る。 「好きじゃねんだよ⋯⋯」 「だろ。だから協力するっていってんじゃねえか」  もとのぶっ飛び話にようやく戻ってきた。 「⋯⋯その話にしたってあれだ。さらうんだったら、もっとどこだかわかんねえとこへ連れてかなきゃ意味ねえだろ。臥竜山なんてすぐ近くじゃねえか」 「そこまでやっちまったらマジでやべえ。シャレんなんねえよ」 「なんだそりゃ」  マジでもない。やばくもない。近所から近所への誘拐。そんなもの、鬼ごっこの後でままごと(・・・・)をするのとなにも変わらない、ただのレクリエーションだ。来年中学へあがる年にもなってやることじゃない。 「けど、やることはやんぜ」  しらけてきたおれは黒板の上の時計に目をやった。針はきっちり十時を指している。休み時間まであと十分。時間割表の真ん中あたりに目を持っていった──三時間目は理科。なにかの実験をやるとなったら居眠りはしづらい。どうするか。どうもしないで聖香の横顔でも見ているか。 「おい、やることやるっていってんだろ」 「あ?」 「聞いてねえだろ、人の話」 「誘拐ごっこだろ。いいわ、もう」 「ごっこじゃねえよ。ミノシロキンとかそういうのはやんねえけど、連れてきたらウチへはぜってえ帰さねえ」  垂れ目を垂れ目に見えないぐらいの位置まで吊りあげてくる武田。わかりやすくていいやつだとは思う。が、自分の考えに横槍が入るとすぐムキになってくるところは正直ちょっと面倒くさい。 「親や教師どもが黙ってねえよ」 「あのへんはアニキたちのナワバリだからな。親もセンコーも勝手なマネはできねえよ」  また兄貴。おれは不良のそういう、自分より強いやつに頼る考えがどうしても好きになれない。なにかやらかすなら、その責任は全部自分で負うべきだ。 「そうなりゃ、おまわりが来るだけだ」 「上等だぜ」 「どうすんだよ」 「気合で勝負してやんよ」  ちょっと男子、まじめに自習しないと後で怒られるわよ=豚の声。 「おっと──」  武田がかばん置き場から降りた。 「生徒番長(・・)のおでましだ」  豚番長の号令で席に着くやつら。同い年の、しかも女に命令されて従う気弱なガキども。まるで羊飼いと羊──いや、豚と羊か。どっちも似たようなもんだ。 「女のくせにでしゃばりやがって」  教卓に両手を突いてえらそうにしているメス豚=おそろしく肥えたそいつを見おろしながらいってやった。 「よせ、聞こえんぞ」 「かまわねえよ」  例のことが頭に浮かんだ──今どきの小学生はけっこう吸ってるよ。松本と豚はどこで一緒にタバコを吸ったのか。 「武田お前、タバコ吸ってんだろ?」 「しっ! でけえ声でいうなよ」 「別にそんな大声出しちゃいない」 「吸うんだったらあるぜ、マイセン」  マイセン=マイルドセブン。そいつをプカプカやる生徒会長。本当ならとんでもない女だ。 「いや、そういうんじゃねえからいい」 「なんだよ。カラダに悪りいからやめろとか、センコーみてえなこというんじゃねえだろうな」  人の健康に興味はない。武田が自分でいいと思うならなんだってやればいい。 「シンナー飲んでたってそんなこといわねえよ。心配すんな」 「あんなもん飲めるか! バカヤ──」 fcfe1e12-fa2f-4efc-b5e1-cb054b68042b  豚の羊飼い攻撃がはじまった。 「聞き耳立ててっからうるせんだろ」  鋭い目つきで睨んでくる豚。まじめに自習していたやつらも似たような顔つきになっている。 「沢村くんさ、どれだけ人に迷惑かけてるかわかってる?」  腕相撲やプロレス──きちがいみたいに暴れてるやつらもいるのに、どうしておれだけが迷惑なのか。 「わかんねえよ。別に騒いでるわけじゃねんだ。勉強してるやつの邪魔んなっちゃいねえだろ」 「そういうのが迷惑だっていってんの! 馬鹿じゃないの、あんた!」  あんた呼ばわりされたうえに馬鹿扱いまでされたおれ。振り子のように足を動かして跳び降りた。 「やめとけって。あんまりやると番長カンシャク起こすぞ」  武田のいうとおり。豚のかんしゃく=ヒステリーは小学生でありながら静恵(きちがい)といい勝負をする。 「無理だな。ああいうのは腹が立ってだめだ」 「後でどうなっても知らねえぞ。職員室とツーカーだからな、番長は」  心配なんか一ミリもしていない感じで武田が耳打ちしてくる=低い声。おれも早くそんな声が出せるようになりたかった。 「あの女とタバコ吸ったことあんだろ?」 「あ? バカいえよ。そんなことしたら職員室から帰ってこれなくなるじゃねえか」  聞いた話とちがう──心のなかで松本に文句をいった。 「武田くんも、そこでこそこそやらないで!」 「おおこわ。オレは職員室行きたくねえから黙るわ」  気合が足りねえな──いって、三歩前へ出た。
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