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《名前#7》
タイマン=一対一のケンカ。MG5を塗りたくった髪にドクロマークの櫛を入れながら、わざわざ痛い思いをしたいという武田。もっと早くにそいつを聞いていればデブ殺しに誘ってやれたが、それも昨日までの話。あいにくだ。
「三組のキタやっちゃえばいいよ」
「ムチャいうな」
三組のキタ=北沢敦司。くじゃく屋の向かいに家がある、めったに口を開かない学校一の大男。忘れものをしてもすぐ取りに戻れることを羨ましく思ったことはないが、馬鹿みたいにでかい体のほうはいつ見ても羨ましかった。
「なんでさ。あいつぶっ飛ばしちゃえば武田が美滝小のボスじゃん」
クラスこそちがうが、六年も同じ学校へ通っていてふたりはなんにも知らないんだろうか。北沢はボスなんてガラじゃない。小学生離れした体格をしているだけで、根っこの部分はまるで臆病だ。
いつだったかおれは駅前のゲームセンターで、常盤小のやつらに囲まれていた北沢を助けたことがある。あいつは殴られてもいないのに泣き、そいつらをおれがぶちのめしている間も泣いていた。でかい体でおれに抱きついてきたときもそうだし、とにかくずっと泣きっぱなしだった。
「オマエがいけよ、松本。オレら後ろで見ててやっから。なあ、サームラ」
本人の思いとは裏腹に、そのでかい体と無口のせいでまわりからやばく思われている北沢。さすがに松本じゃ無理だろうが、武田が本気でぶん殴りにいけば十秒もかからずに決着がつく。
「あんな高校生みたいなやつ相手に、百三十七センチしかないボクが勝てるわけないじゃん」
でかいくせに泣き虫の北沢と、奴隷なんか望んじゃいないのにそういう扱いをされているおれはどこか似ている気がした。
「というワケでサームラ、オマエの出番だ」
「勝手に人を巻きこむな」
目の端でラベンダー色がふわっと広がる。みぞおちにもふわっときた。たぶん、おれに文句をいうつもりだろう。特急で心の準備をする。
「大丈夫だよ、沢村ならいけるって。みんなビビってるけど、どうせはったりだよ、はったり。でくのぼうに決ま──」
「話してるところ悪いんだけど⋯⋯」
聖香が松本に話しかける。
「なんだよ、岡崎。男の話に口出してくんなよな」
後ろ向きに手を振り、おれたちから離れていく武田。あとには床屋のにおいだけが残った。
「沢村くんに話があるの」
聖香の目線が松本からおれに移ってきた。みぞおちの痛みがまともに金属バットを食らったときのそれに変わる。
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