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「さ‥‥パンが焼けたぜ、食えるか?」
ハヤトがテーブルにユリナを呼び寄せる。
「あ、ありがとうございます」
少し緊張しているのか、ユリナの背筋が伸びる。
「‥‥このパン、美味しいですね。何処か有名店とかのですか?」
ほんの少しだけ、ハヤトの眼にはユリナに笑顔が戻ったように見えた。
「いや、近所で買った普通のパン屋のだ。ただ、トースターがな。貰いもンなんだが割と上手く焼けるんで、気に入ってるんだ」
「コーヒーは‥‥何かのブレンドですね。焙煎が浅くて酸味が残る‥‥アメリカンがお好みなんですか?」
ユリナがカップの中をじっと見る。
「ん、コーヒー豆か? ああ、これもそのパン屋でついでに買うんだ。ブレンドは店主の趣味なんだろうな。とりあえず今日は『それ』しか無いからよ。アンタの口に合うと良いんだが、もしも『いまいち』ってンなら後で出掛けるから、帰りにでも買ってくりゃぁいいさ」
「『好み』ですか‥‥家ではモカマタリを使ってましたけど、今はイエメンも内戦が酷くて中々手に入らないそうですね。お父様がそう言って‥‥あっ!」
何かを思い出したかのように、ユリナが言葉を切った。
「父は‥‥結局、どうなるのでしょうか?」
両手を温めるようにマグカップを抱えたまま、心配そうにハヤトへ問いかける。
「どう‥‥かな? それはオレにも分からん。罪の判断は職務範囲じゃないんでね。まぁ‥‥要は『売血事業』に何処まで関与していたか、だろうな。関わりが深いようだと刑務所暮らしがその分だけ長くなるだろうが‥‥」
ハヤトがコーヒーを啜る。
「そンなのは自業自得だからよ。アンタが心配しても始まらねぇことさ」
「‥‥。」
ユリナは返事をせず、事務所の中を見渡していた。
「此処は、桐生様の事務所なんですよね? ご自宅は別にあるのですか」
「いや、『自宅兼事務所』だ。気楽な一人暮らしだからよ。大きな家とか在っても持て余すだけだから、此処を事務所として買ったときに一部を生活空間に改装したのさ‥‥狭くてビックリしたか?」
少しお腹が落ち着いたからなのか、ユリナは興味深そうに眺めている。
「いえ‥‥窓に入ってる格子とかが太かったり‥‥玄関の扉も、分厚いなって‥‥思ったものですから。厳重なんだなって」
良く見ているものだな、とハヤトは妙に感心した。
「ああ、そうだな。こういう仕事をしていると、どうしても『恨みを買う』事が多くてよ。それなりにしてないとオチオチ枕を高くして寝る事も出来んからさ‥‥さて、メシ食ったら用意しな?出かけるぜ」
すっくと、ハヤトが立ち上がる。
「チャンキー、大鷲部長に『今からそっちに行く』と伝えてくれ。『来る前に連絡しろ』って言われてるからな」
ハヤトが腕に付けた端末に話しかける。この端末は常時、チャンキーと言う名前のAIに接続されているのだ。
「ケケケ! りょーかい、メールしとくゼー! オメーも『若くてキレーなネーチャン』がやって来て、気合入っテんなー?」
「うるせぇぞ! 余計な事言ってねーで、さっさと仕事しやがれ!」
不機嫌そうにチャンキーに言い返す。
「あの‥‥『出かける』って何処へですか?」
キョトンとした顔でユリナが尋ねる。
「何処‥‥って。決まってるだろ? 亜人検察庁だよ。アンタとオレには『事情聴取』があるからな」
「『事情聴取』?何ですか、それ」
「昨日の事件のだよっ! 頼むぞ、アンタは主役なんだからさ。『オレの言動』は全てチャンキーを通じてログが残ってるけど、アンタは全部、説明してもらわなきゃぁならん」
「ああっ、昨日の件ですか! すっかり忘れてましたわ」
ユリナが照れ笑いを見せる。
「『忘れる』ぅ? 何だよ、そりゃ! ウチは芸能事務所じゃねーんだから『ボケ担当』とか要らねーんだよ」
「まぁ! 桐生様はお笑いがお好きなんですか? 私も最近の芸人さんですと『スーパールーパー』とか‥‥」
「ダメだ、こりゃ」
ハヤトは頭を抱えた。
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