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提案
「『提案』‥‥だと?この期に及んで何を言い出すんだい、お嬢さん」
ハヤトの左腕を掴むユリナの手から震えが伝わってくる。
「これを‥‥これを見てください」
ユリナが自分の手提げかばんの中から、何かを取り出した。
「これ‥‥注射器と採血管です。今から此処で私の腕から『採血』をします! ‥‥とは言っても採血管が小さいので100ccしか入りませんが、『これ』で私と桐生様を解放してください! お願いします」
「馬鹿なっ!‥‥何を言ってんだ、お前っ!」
ハヤトが慌ててユリナを窘める。
「だって‥‥仕方ないじゃないですか! 誰だって死んでいい理由は無いんです!」
ユリナの叫び声がコンクリートの壁に反響する。
「100ccか‥‥ちと、少なすぎやしないかね?お嬢さんよ」
ニヤついた声で若井が問いかける。
「いえ! これだけあれば『充分』でしょう。だって、死んだ『成本』さんは『100ccでも充分取引になる』と言ってましたから! 恐らく、『1/32の血』はグラム単価でも相当な価値になると踏んでいたんだと思います」
毅然としてユリナが言い返した。
「ふん‥‥そういう事か‥‥。おい、桐生の旦那ぁ。『自分で勝手に血を抜く』分にゃぁ罪には出来んのだよな? 仕方ねぇ、今日のところは『その線』で妥協してやるとするよ」
そう言いながら、若井は周囲に居る亜人達の顔色を見渡した。『まぁ、それでヨシとしよう』という空気を確認したのだ。確かに、ユリナの言うとおり例え100ccとは言っても『1/32の血』の血液は大変な値がつくことが容易に想像出来る。
「ちっ‥‥!」
ハヤトが舌打ちをする。
「おい、ユリナ! お前‥‥そんな事をして良いのかよ!」
「そ‥‥そりゃ、私だってイヤですよっ‥‥!」
ユリナは下を向いたまま、泣き声で言い返す。
「だって‥‥私、自分の腕に注射するの怖いんですからっ!」
そこかよっ!とハヤトが心の中でツッこみを入れる。そう言えば昨日も『そんな事』を言ってたような気がする。
「おいっ、お嬢さんよ。ヤるんなら早くしな!」
外野から野次が飛ぶ。
「待ってください!準備っていうものが必要なんですっ」
ユリナがゴソゴソとカバンの中から小道具を取り出している。
「‥‥な、何してんだよ?」
覗き込むハヤトに、ユリナが噛み付く。
「消毒ですよ!アルコールの! 知らないんですか、ばい菌が入ったら大変なんですよ?!」
本当に、彼女は事態をチャンと理解しているのだろうか?と、ハヤトは本気で心配になってくる。この緊張感の無さというのは‥‥。
その傍らで、ユリナは「うう‥‥っ!」とか悲鳴とも掛け声とも付かない声を出しながら、腕まくりをして採血の準備をしている。
「いっ‥‥行きます!」
呼吸を整え、ユリナの腕に針が入る。
採血管の中がゆっくりと真紅に染まっていくのが見てとれる。
「おお‥‥っ」
取り巻きの亜人達から感嘆の声が漏れる。
「アレが‥‥『1/32の血』か‥‥スゲェ‥‥身震いしてくるぜ‥‥」
それはまるで、腹をすかせた人間が出来たての高級ステーキを見るが如くで‥‥。
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