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たった100円。
俺の手に握られている、全財産。
信じられるだろうか。
現在、32才、フリーター。いやニートか?そんな区別どうでもいい。とにかく今の俺には金がない。
10代の俺は、こんな未来を予想していたのだろうか。過去に戻って言いたい。不良少年になってる暇があったら、もっとちゃんと未来のことを考えておけと。
といっても早くに母親と離婚し、酒にタバコにギャンブル漬けの父親に呆れて、家を飛び出した15才の過去の俺自身を、全面的に責めることはできなかった。
そんな風に世に言う家出&不良少年になり、ろくな仕事につけるはずもなく、仕事も長続きせず、今にいたる。
持ち金がいつもゼロというわけではない。
しかし貯まるとついついギャンブルに走るのは、憎むべき親父の血をひいているという証明なのかも知れない。こんな日は青空の下、公園で大事な、数限りある煙草をふかせるのみだ。
「おじちゃん。」
ゾウの形をかたどった、滑り台の一番上で煙草を味わっていると、髪を二つ結びした女の子が下から声をかけてくる。
小学3、4年生くらいだろうか。
公園に似つかわしくない、きちっとした白のブラウスに、桜色のひらひらのスカートをはいている。
「何してんの。」
気が強そうな女の子だ。
俺はガキが苦手だ。特にこーゆータイプの女の子。
「空見てんの。」
ふーっと、煙と共に長く息を吐く。
「煙草おいしい?」
「煙草の美味しさは、大人にならないとわかんねーよ。」
適当にあしらおうとしたが、女の子は滑り台の階段をとんとんと、昇ってきた。
「私みのりっていうの。」
女の子はちょこんと俺の後ろにおやま座りする。滑り台の上はそんなに広くないからぎゅうぎゅうだ。
「ふーん。」
「おじちゃんは?」
「おじちゃんはおじちゃんでいいよ。」
名前を教えるのがめんどくさい。だいたいみのりっていうけどそんな簡単に名前教えると、怪しいおっさんに連れてかれるぞ。
「おじちゃん、寂しいの?」
「なんでや。」
「私は寂しくなると、滑り台の上でいつも空を見るの。」
「ふーん。小学生でも寂しいときってるんだな。」
短くなった煙草を、滑り台にじゅっと押し付ける。子どもに煙草の煙を吸わせるのはあんまり良くない。うーん。俺って意外に良心的。
「あるよー!友達と居るのも楽しいけどさ、やっぱりパパとママが忙しいから、寂しい。」
「そだな。」
俺は自分の子供時代を思い返してもごもご呟く。
「でも…。ママのこと好きなんだけど、厳しいんだ。お小遣いだって貰えないしさ、お友だちと何処かに出掛けるのも嫌な顔するのよ。私が何してるか常に知りたいみたい。」
仕事で子供に会えない分、休日は子供と遊んであげたかったり、無駄遣いがないように管理したいのかも知れない。まぁ親には親なりの愛情がある。
それにこの子の服はとっても綺麗だ。仕事が忙しくても、ちゃんとお世話してるって母親も言いたいくらいだろう。
「たまには自由になりたいよー!」
ませたガキだな。
でも何かから逃れたくなったり、自由になりたい気持ちはわかる。
「やるよ。」
みのりの手に100円をぎゅっと握らせる。
「え。」
100円を見つめた。
そしてぷっと吹き出す。
「100円…。」
「なんだよ。馬鹿にしてんのか。」
「いや、嬉しい!いいの?てか見知らぬおじさんの100円なんてもらっていいのかな?」
みのりは見知らぬおっさんの肩をつかんで、ゆさゆさふった。
「私ね、自分のお金でお菓子とか買ったことないの!だいたいママ、お菓子とか虫歯になるから買っちゃダメって言うし。」
「わー!これがあったらチロルチョコでも、フーセンガムでも、体に悪いカルパスとかだって買えちゃうね!」
100円で、こんなに盛り上がる小学生にぷっと吹き出した。みのりの目はきらきら輝いている。
俺はそのまま滑り台を滑って降りた。
「怪しいおじさんに連れてかれる前に、早く帰んなさい。」
みのりも滑り台から降りて、スカートの砂を払った。
「滑り台のおじさん!いつか恩返しするから!」
ぺこりと頭を下げると、嬉しそうに駆け出した。行きすぎる親の愛情も時には窮屈なのかもしれない。
みのりの姿はもう見えない。
俺の全財産はこれで無くなった。まぁ、たった100円。女の子にとっては夢のような100円だったのかもしれない。
「明日からまた仕事探すか~!」
んーと伸びをする。
吹っ切れた俺は、100円分の勇気を貰って明日からまた生きていけるのだ。
たった100円、されど100円だ。
みのりも俺も、頑張れよ。
きっと明日はいい日になるから。
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