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俺たちは、塩屋プールから二キロほど離れた、西港に向かった。
太陽は、鳴り響く鐘のように天頂に照っている。鉄平は濡らしたタオルを頭に乗せて、黙々と歩く。
やっと到着した西港は、ごみ焼却場と火葬場の建物と、ちっぽけな埠頭だけ。廃墟のようにガランとして寂しげだ。海は底なしに青く深い。
今日は連絡船も見えず、海風が縦横無尽に暴れている。打ち上げられた海藻が、コンクリートで干涸らびている。
先に立って埠頭を歩いていた鉄平が、何かに足を取られたように、フラリとよろけた。俺と夏生は驚いて駆け寄った。暑さにやられたらしい。
鉄平を建物の陰に連れて行った。水分を摂らせ、母さんが持たせてくれた黒糖を口に入れた。鉄平は熱く重い息を吐きながら、しばらく横になっていた。
「今日はもう止めるか?」
俺が聞くと、ムクリと起き上がった。
「いや、もう少し探す」
俺はちょっと、感心した。
鉄平は体も細くて体力もなさそうだし、島の暑さにすっかり参っている。それでも、蒼を探すために、体にムチ打って、頑張っているんだ。人使いは荒いけど。
俺はおむすびの残りを食べた。夏生は地面に寝そべって、欠伸をしている。
「お昼に家に帰らなかったから、母さん、心配してるかな」
俺は夏生に囁いた。夏生は半分だけ目を開けて俺を見た。
「母さんが心配してるのは翔だけさ」
「そんなことない」
声を荒げると、夏生は淋し気に笑った。
「おまえら、ほんとに仲がいいな。双子みたいだ」
「双子やっさー!」
俺と夏生は同時に抗議し、「わかったわかった」と鉄平がいなすように口にする。
「俺と蒼もさ、よく『兄弟?』って聞かれたんだ。おんなじ顔して笑ってたから」
眼差しも口調も柔らかくなる。俺は梅干しの種を吐き出した。
「中学生になったら、言われなくなったの?」
「蒼は私立の学校に行ったんだ。あいつは俺と公立に行きたがっていたけど」
建物の落とす影は濃い。海光もここまでは届かずに、深く暗く沈んでゆく。
「俺も……中学に入って忙しくて、ちゃんと連絡を取れずにいた。そうしたら、夏休みの前日に、蒼からメールが来た。一緒に南大東島に行こうって。で、俺はまだ準備ができてなかったから、蒼が先に行ったってわけ」
俺は何だか変に思った。まだ話してないことがありそうで、納得いかない。
鉄平はリュックからナイロンロープを取り出すと、夏生の首にかけた。夏生はじっとしている。
「確か、ここをこうして……」
夏生の胸の前で紐を穴に通しては、また解く。五分ほど経ってから「できた!」と声をあげた。夏生の首は、わずかな余裕を残して、首輪がかけられていた。
「これは、もやい結びっていうんだぜ。キングオブノットって言われててさ。引っ張ったときには解けにくいけど、解こうとすれば簡単に――」
「じゃあ、早く解けってば!」
夏生が憤慨した声をあげる。「止めろや」と俺も怒る。縄をかけられて気持ちのいいはずはない。
「おまえはあっちこっち駆け回るから、繋いどいたほうがいいだろ」
鉄平は嫌味を言ったけど、素直に解いた。夏生は逃げるように鉄平から離れると、埠頭を走り出した。
「蒼が結び方を教えてくれたんだ。俺は不器用で、固結びしかできなかったからさ」
鉄平は懐かしむように目を細めた。
「もともと、船首を帆と結びつけるときに使われた結び方なのさ。釣り好きなら知っておくべきだって」
鉄平はロープをリュックに放り込むと、立ち上がった。
「くっちゃべるのはこれぐらいにして、蒼を探しにいかねえとな」
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