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クバ林の木陰に、鉄平はくずおれるようにへたりこんだ。咳き込むように呼吸をしている。
「何が……犯人だよ……クソッ……そもそも……何で……逃げなきゃなんねえんだよ」
憤慨した口調で吐き捨てる。
「俺と夏生も、朝にお巡りさんに声をかけられたってば。見知らぬ中学生がいたら、教えてくれって。鉄平は家出してきたのかー?」
鉄平は舌打ちすると、起き上がった。
「家出じゃねえよ。その……友達とキャンプに行くって口実で、南大東島に来たんだよ。ちゃんと親と連絡も取ってるし」
「じゃあ、何で蒼と連絡取れないの?」
俺が聞くと、と鉄平は肩を竦めた。
「わかんね。あいつは肝心なところで抜けてるからさ。ケータイ忘れたのかも」
黙り込んで、クバの幹をゲシゲシと蹴った。葉がバラバラと雨垂れのような音を立てて鳴る。鉄平は真顔のまま、俺に向き直った。
「おまえは、友達と遊ばないのか?」
「俺は夏生と一緒にいるのが好きさ」
鉄平は何か言いかけたけど、留まった。中空をしばらく睨んだ後、素っ気ない眼差しになり、口を開いた。
「ま、どうでもいいか。蒼を探すのを手伝ってくれるなら、何でも――」
ビクンと肩を跳ね上げ、振り返る。後ろにいた夏生が「なっ、何だよ?」と目を見開く。鉄平は、誰もいないクバの林の奥の薄暗がりを凝視していた。
「今……誰か呼ばなかったか?」
声がチリチリと、蝋燭にともった炎のように震えている。恐怖と、歓喜が混じったような、変に興奮した声。
俺は空を指した。大空に弧を描く鳥が、短く口笛を吹き鳴らすような音を立てた。「違う」と鉄平は否定した。「……人の声だった」
脇腹を撫で上げられたようにゾッとした。薄暗がりから、今にも幽霊がぬっと現れそうで恐ろしくなる。
鉄平は軽く首を振った。背を屈めて夏生と視線を揃え、縋りつくように聞いた。
「なあ。蒼はどこにいると思う?」
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